Come on, Let's LSD!
LSDは絶大に効く。
もちろんアシッドの事ではない。
一般に、運動能力を高めるには、しゃにむに、全力で、ヘバるまで運動するのが良いと思われている。この時代は長く続いた。
結論からさっさと書くと、これは間違いだ。
人間の筋肉や血流はそんなに簡単には出来ていない。
LSDとは
Long Slow Distance
の略である。低強度運動を長時間続けるトレーニングを意味する。エンデュランスマイルと呼んだりもする。
この運動の効果が最初に発見されたのは、かの有名な「奇跡のジョギング」あたりだった。しかしあの頃は経験論的な成果が発表されたに過ぎず、また著者自身がジョギング中に心臓発作を起こしサックリ死んでしまったアクシデントもあって眉唾説が流れてしまったのは残念な事だった。
近年、この運動による成果は思い込みとか気のせいではなくて実際に間違いない事が最新の血管造影技術によって確かめられている。
人間の血流とは面白いもので、強度の高い運動をすると「流れやすい太い血管」に速い血流がダーッと集中してしまう傾向があるのだ。しかし実際に末端の組織のほとんどに赤血球を運ぶのは毛細血管であり、毛細血管網の血液運搬能力を向上させないと総合的な有酸素運動能力は向上しないのだが、あまり運動強度が高い運動を行うと、この毛細血管網は苦しいトレーニングをしている割には向上しないのである。いや、この書き方は誤解を招きそうだ。苦しいトレーニングをしているから向上しないのである。ちなみにさらに強度を上げて無酸素運動にまで突入すると、有酸素運動能力はもはやほとんどゼロに近く向上しない。筋力トレーニングばかりやっている人間を走らせてみたらよく分かる。ダッシュ力は凄いがすぐヘバってしまう。
アスリートと呼ばれるような人間には実に頼りなくカッタルイ運動を行っているとき、毛細血管網を流れる血流量は最大になる。この時、当然ながら毛細血管を形成する組織は強い刺激を受け、強化反応が起きる。これがLSDの効果なのだ。運動中の人間の体組織中に流れる血流をリアルタイムでモニタするような芸当が技術的に可能な時代になって、ジョギング(この言葉はもともとはいわゆるウォーキングに近い意味)程度の運動を連続して行うことは本当に効果があり、またLSDの効果は他の強度の運動で代替しないことが科学的に確かめられた。何も考えていない脳味噌まで筋肉化した指導者がよくやらせる根性試しみたいなむちゃくちゃかつ長時間のトレーニングは、実は終盤になってヘバってきて運動強度が落ち始めて初めて有酸素運動能力を効果的に向上させるアンビバレンツなものだったのだ。
LSDは精神的に非常にストイックなトレーニングで、決して運動強度を上げすぎてはいけない。運動強度を上げすぎてしまうと毛細血管への血流量は逆に減少し、効果がなくなって時間の無駄になる。前述の通り他の運動でLSDの効果は代替しないからだ。だからひたすらダラダラとした運動を、強度を上げるでなし下げるでなしに休まず続けなければいけない。これは運動が好きな人間にとって意外なほど辛い。まさにカッタルくてイライラする。思いっ切り走る方がよど爽快なものだ。だから、奇妙なことに肉体的にはちっとも辛くないのに精神的トレーニングとしてかなり絶大。サボってもダメ、トバしてもダメ。ひたすらペースを守り長時間我慢するのがこのトレーニングだからだ。
運動強度の目安は、最も簡単で分かりやすいものとしては日常会話に困らないこと。喋るのがしんどい運動強度でLSDはまず成立していない。喋りながらでも続けられる程度の運動がLSDの目安だ。きちんとやる場合は、最大心拍数の60%以上でかつ70%を超えない運動強度。ただし、最大心拍数の計測は日頃運動していない人間が行うと死の危険が伴いかねないのでこれは既にある程度運動している人間向け。パワーメーター付きの自転車でやる場合はこの強度調整が簡単で、FTP(20分以上連続して出せる最大出力)の55%くらいをターゲットパワーとして設定する。
「土台作り」に喩えられる事が多いLSDだが、まさにその通りで、LSDをみっちりやった肉体で高い運動強度のトレーニングを開始すると、面白いように成果が上がる。何故なら高い運動強度における速い血流にも対応できる血管網が出来上がっているからである。本格的な効果が出るまでだいたい3ヶ月はかかるのも気の長い話だが。
実際にやってみた人間の経験論としても書かせてもらうと、LSDの効果は絶大である。一番端的に違いを感じるのは、高い強度で連続して運動できる時間が伸びる事だ。前は心拍数170だと数分以内に息切れしていたものが、170でずっと運動し続けられる体に変わるような変化が起きる。これは本当に面白いように変わる。LSDしかやってないのに、何ヶ月ぶりに峠へ行く。坂を登り続けるあの苦しさ、ハンドルを握る手からも力が抜け始め「もうダメだー」と思うギリギリの領域。そこで“粘り腰”が効くのだ。その領域で踏ん張り続けることができる。切れてしまわない。これがもう最高に気分がいい。イキそうなくらいだ。やはりLSDは飛べるのである。自転車の世界は何故かLSDを無視している連中が少なくないが、マラソンランナーの間じゃLSDの重要度は既に是非の論議など無用なほどの実績があり、LSDで壁を乗り越えたランナーは枚挙に暇がない。わりと話題になった本「ゆっくり走れば速くなる」もLSDの絶大な効果を取り上げた本だ。浅井選手はLSDトレーニング実施中に早歩きの人に抜かれた事があるのを自ら語っている。世界級のランナーでさえ、あえて早歩きの人にさえ抜かれるペースでエンエンとLSDをやって「土台」を作るのだ。日本のアマタさえ獲れない人間が軽視するなど信じがたい間抜けな話である。
時間がかかる上に単調で面白くないトレーニングだが、誰でも出来るトレーニングでこれほど効果があるものはないと思われる。毛細血管の血流が最大になるため、毛細血管しかアクセスしていない組織である脂肪が最も消費されやすい運動であるのも大きな特徴だ。つまりシェイプアップに最適。
冬は高強度トレーニングを行うと関節を故障しやすいので、尚更今日も明日もLSD。こいつは効くぜ。
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