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2006年3月29日 (水)

「譲れない」ものたち

Lightweight Ventouxが発売されている。

9561ventoux_gross

手作りなので実際にモノが出回るのは6月以降のようだ。
前後合計950gの、まさに羽根のように軽いホイールVentouxだが、本来Lightweightの開発スケジュールには無かった筈の存在だ。

もともとLightweightは、手作りでちまちまとホイールを作っている極小メーカーでありながら10年以上に渡ってロードレーサー用ホイールの絶対王者として君臨し続けてきた実績があり、相手が誰だろうとスポンサーシップ供給は絶対に行わない孤高の姿勢(つまり、誰だろうとLightweightホイールを使いたければ金を払って購入しなければならない)と相俟って神話化された存在だった。
そのLightweightがここにきて何故あえてVentouxを発売しなければならなかったのか。
そこには譲れない理由がある。

Race XXX Lite 55 carbon tublarの存在だ。

Lightweightは登場当初からその図抜けた性能で最強ホイールだとされていたが、その名前を再び高めたのがLance Armstrongである。彼はLe Tour de Franceにおいて登りステージでチーム供給ホイールではなくあえて自費購入したLightweightのホイールを 使用。スポンサーの関係でLightweightの文字は消されていたが、「竹ひご」と呼ばれることもある、太くて扁平のカーボン/ケブラー複合素材スポークは自転車に詳しければ誰が見てもLightweightと分かるもので、Armstrongの勝利と共にまたLightweight神話に新たな一幕が加わったのだった。

そこで「ああLightweightは凄いね。敵わないや」と納得しなかったのが、TREK傘下企業でありArmstrongにホイールを供給する Bontragerである。彼らはArmstrongに「我々は君にLightweightを上回るホイールを供給する事を約束する。だから全ステージで我々のホイー ルを使ってくれ」と話をもちかけ、もともと愛国心の強い田舎男であるArmstrongはこれに応じた。そしてBontragerはTREKが限定生産のトップモデル にだけ使用している本来宇宙工学用の超高級カーボン繊維を使用したOCLV55をホイールに投入。前後合計920gのホイールを作り出す事に成功し、 2004年Le Tour de France、難所として伝説化して名高いL'Alpe d'Huezで行われた山岳個人タイムトライアルでArmstrongはこの新作ホイールと共に見事にステージを制した。2004年、Armstrongが最もその強さを見せつけたステージだった。

それは「やっぱり最後はLightweightが最強」だった筈のホイール界に、Bontragerが風穴を開けた瞬間だ。920gは、世界チャンピオンでさえ金を払わなければ買えない最強ホイールだったLightweightのなかでも最軽量バージョン、その名もL'Alpe d'Huezの1030gを100g以上下回っているのだ。L'Alpe d'Huezの1030gは抜かれようと抜かれまいと既に桁外れの軽さなのだが、それでも「神話のホイール」の威信は大きく傷ついたのである。

L'Alpe d'Huezはその名前の通りラルプデュエズの登りで勝つために作られたホイールで、豪快な但し書きにはUp Hill Onlyとある。つまり登り専用。ブレーキはゴールの時だけと但し書きして作られているほどギリギリの設計。その後更にトップモデルとして加わった「Obermayer」の 方がカタログスペック上は10g軽いが、Obermayerの重量が前輪のスポーク12本で達成されているのに対しL'Alpe d'Huezは前後輪共に20本スポーク構成で、リムそのものの重さは明らかにL'Alpe d'Huezの方が軽く作られている。Obermayerにはブレーキの但し書きもない。

Lightweightはもともと宇宙工学を生業にしていた2人の技術者が始めた会社である。ゆえに、同じ宇宙工学の、人工衛星に使われる材料から 生まれたRace XXX Lite 55 Carbon Tubularだけが上回り得たのは実に納得の行く分かりやすい話だ。宇宙工学技術者同士の戦いなのである。

同じ出自、同じレベルでの戦いが出来る唯一の相手。

これはお互い絶対に譲れないナンバーワンの座だ。

こう書いてはなんだが、お互い自転車のホイールごときモノしか作ったことがない連中には負ける気がしていないと思う。他の「ライバル」など、視界にも入っていないだろう。本物は本物を知るの だ。BontragerがRace XXX Lite Carbon Tubularを作った時、彼らはCampagnoloのHYPERONを敵とは認識せず「過去の技術で作られた製品にすぎない」と切り捨てていた筈であ る。相手ではない、と。そしてHYPERONを上回った事など、我々が目標を目指して進むときに通り過ぎる中間点にすぎないと考える彼らは遂にRace XXX Lite 55 Carbon Tubularに行き着く。そしてLightweightはBontragerが宇宙工学技術を入れてきた事に対して本気になった。それがVentoux だ。Ventouxだけは、従前のLightweightホイールとは全く違う新規の金型を使用している。L'Alpe d'Huezから80gを削るためにそこまでやったのだ。

2006年現在、UCIの正式認可を受けたホイールとしてVentouxは最軽量サブKホイールで ある。世界最高の自転車用エンジンたるArmstrongを得てLe Tour de Franceを暴れまくったRace XXX Lite 55 Carbon Tubularは、UCIの正式認可テストをクリアするにあたって50gの重量増加を余儀なくされ、970gに落ち着いた。Ventoux逆転である。

「神」は、再びその王位に帰還したのだ。一時たまたま新参者にその席を「貸してやった」だけなのだと。Bontragerもまた、2位に甘んじるを佳しとしないだろう。

Race XXX Lite 55 Carbon Tubularを数年で作り出してしまう開発力。
それに対抗しかつ上回ってしまう製品Ventouxを対抗して作り出せる技術力。

この両者の戦いは熱い。

2008年追記:
その後XXX Lite 55は1年の生産のみで終了し、本国のカタログからも消え、日本へは一度も正式輸入されることなくショーの展示のみで終わるなど幻のホイールとなった。

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