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2006年4月20日 (木)

ランス、勝ちたかったらもう一度アタックするんだ!

Lance ArmstrongはLe Tour de Franceを7連覇した。
他には5勝した選手がいるが、6勝した選手すらいない。
7連覇の記録を破るにはアームストロングがもう一度生まれてくる必要があると思われる。

5勝したのは

  1. ジャック・アンクティル
  2. エディ・メルクス
  3. ベルナール・イノー
  4. ミゲル・インドゥライン

の4人、そしてランス・アームストロングが5人目である。
面白いことに、4勝で終わった選手はいない。3勝選手は3勝止まりで、4勝した選手は全て5勝に成功している。この中でミゲル・インドゥラインは5連勝である。

歴史に「もし」はないが、輪聖メルクスとインドゥラインは実力的に見て7勝する能力が十分あった。ただメルクスの時代はツール・ド・フランスだけに集中する選手はおらず、実際メルクスは出られなかったわけではないのに欠場した年があるくらいだ。それでも5勝しているのだからやはり怪物で、史上最強のレーサーと呼ばれ続けるだけのことはある。現役通算で500勝以上しているメルクスについて詳細に書くためには、うまく書かないと本1冊では足りないくらいなのだが、1回で8ステージ優勝の最多記録はメルクス(ただしタイ記録保持者が他に1人あり)だし、ツール・ド・フランスで総合トップの選手が着るあの黄色いジャージ、イヨ・ジョーヌの通算着用日数はダントツの1位である。面白いことに7勝したアームストロングより5勝のメルクスの方が多い。メルクスは意固地なところがあって圧倒的に勝たないと気が済まないタイプだったところが逆に敗北の原因にもなっており、その時余裕の総合トップなのに更に差を広げようとアタックしたのが原因で負けた事がある。メルクスは1秒差でも1時間差でも勝ちは勝ちと考えることが出来ず、1分差なら5分差に、5分差なら10分差に、10分差は20分差にしないと満足できない人間だった。ブッチギリで勝たないと勝ちではない美学を持っていたのである。正直、けっこうアレな人だと思う。分野を間違えていたら犯罪者として歴史に名を残していそうだ。このため、メルクスがもう一回生まれてきてもたぶん7連覇の記録は破れない。性格が無鉄砲すぎるからだ。メルクスがアームストロングのようにツールだけに集中し、かつもう少し冷静にレース運びをする選手だったとしたら、8連勝できた可能性すら50%以上あると思われる。

インドゥラインの場合、惜しいことに同じチームに当時スペインのエースだったペドロ・デルガドがいたため、既に優勝を争える力を持っていたにもかかわらずチームオーダーで優勝争いをさせてもらえなかった。じゃあデルガドはそれほど強かったのかと問われると、確かに時代を代表した一流選手ではあったがツール・ド・フランスの優勝は1回であり、ツール・ド・フランスを5連覇しただけでなくジロ・デ・イタリアにも複数回優勝するなど自転車ロードレースの歴史において紛れもなくベスト5に入る超一流であったインドゥラインとは比べるべくもない。それどころか1989年のツール・ド・フランスで、何と前年優勝者(1988年がデルガド唯一のツール・ド・フランス優勝である)がスタートに遅刻ぶっこいてタイムロスし最下位になってしまう、前代未聞の大チョンボをやらかした事で歴史に残っているくらいだ。更に、最終的な裁定としてはシロだったが、ドーピング陽性反応が出た事でも知られている。最終的な裁定がシロになった理由は「当時はまだ禁止薬物ではなかった」だけの恐ろしくきわどい線で、事実だけを取り上げるならデルガドはドーピングにクロの選手だ。インドゥラインはエースに指名された年から一気に5連覇してしまうので、当時のバネスト(インドゥラインが所属したチーム)がデルガドを早く見切ってインドゥラインをエースに据えていたら、インドゥラインは6連覇か7連覇していたと思われる。このあたりは監督の眼力がなかったと後々まで指摘され続けているところだ。

さて、以上は全て歴史のif、果たされなかった繰り言の世界だ。

現実に残っているのは、ランス・アームストロングただ一人が7連覇した輝ける実績。勝者の歴史だけが残るのだ。

そんなアームストロングだが、決して無人の野を行くがごとく7連覇したわけではない。特に危なかったのが5勝目の2003年である。

この年、ライバルのヤン・ウルリッヒは絶好調だった。それまでずっと個人タイムトライアルで無敵を保ち、破れてもせいぜい数秒とか誤差程度の負け方しかしたことがなかったランスに対し1分以上のはっきりとした差を付けて勝つなど、明らかに「優勝争い」をしていた。それはランスに追いすがるレベルのものではなく、伍して戦う意味に於いての優勝争いである。「ランスに異常事態」とこぞってプレスがかき立てた。ランスは総合トップではあったが2位ウルリッヒになんと20秒以内に詰め寄られるほどの窮地に立った。この程度の差となるとそれこそ誤差のようなもので、何かの拍子に一発で逆転だ。

しかもアクシデントが彼を襲う。いよいよ大詰めとなってきた第15ステージ、リュズ・アルディダンの登りの最中、観客の子供がバカみたいに振り回していた鞄がランスのハンドル右側に当たって巻き付き、当然ながら彼はもんどりうって落車転倒してしまう。あまりに唐突な事故発生にランスのすぐ後ろを走っていた選手も巻き込まれて落車した(あまりスピードの出ない登りで集団落車は珍しい)くらいである。その日のスタート時点でのウルリッヒとの差は前述の通り1分ないうえ、ランスが落車した時点でウルリッヒはランスに先行していた。遂にランス陥落かと思われた。

ここからがドラマである。

立ち上がったランスは猛然と坂を登り始める。
物凄い勢いで先行する選手たちを抜き去り、更にはウルリッヒに追いついた。…と、思った瞬間、並ぶまもなく追い抜いて置き去りにしてしまう。びっくりの速さだ。ウルリッヒは慌てて追走しようとするが、追いかけることができない。そのくらいランスが速かった。落車の怪我を治療することもなく走り続けたランスはウルリッヒに逆に30秒以上の差を付けてゴール。2003年のツール・ド・フランスが事実上決まった瞬間だった。

この時、立ち上がったランスは自分で自分に

ランス!
勝ちたかったらもう一度アタックするんだ!

叫んだらしい。実際、その日のレース後のインタビューでそのように喋っていた。

ヒーローの勝ち方である。

もしかすると、後から脚色したのかも知れない。実は「このクソ小僧、後で戻ってきてブチ殺してやるからそこで首洗って待っとけ!」だったかも知れない。だが、常に残るのは勝者の歴史なのである。

2003年、ランス・アームストロングは100周年記念大会のツール・ド・フランスを5連覇で飾り、リュズ・アルディダンのアタックはランスの台詞と共に伝説となった。

アクシデントにめげず「ランス!勝ちたかったらもう一度アタックするんだ!」など、格好良すぎるぞ、ランス。

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