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2006年5月14日 (日)

おっちゃんの思い出(続々・Overhaul)

先日のハブ完全OHで不具合を発見したと書いていたが、その続き。
何の不具合だったか。

開けてみたら、ボールベアリングの球が1個足らなかったのだ。

はあぁ!?

まあ、そのホイールは例によって中古入手(またか!)で、前オーナーの話では店に依頼してハブのグリスアップをして貰ったモノ、との事だった。なんかステッカー浮いてたりして見た目しょぼい部分もあったが、お約束の台詞。

見た目で速くなるなら誰も苦労しない。

それはともかく、実際グリスアップした形跡はあったので話は本当だと思う。何故なら例のベージュ色したカンパ純正グリスではなく、レスポグリスが使われていたからだ。グリスの色を見ただけでそれがレスポ製だと即座に分かる俺は既に相当な重症だと後で思ったが、それはいいとして(いいのか?)、幾つか気になる点があった。

  1. 元のカンパグリスを掃除せずに別のグリス(レスポ)を足している。
  2. 前後で4組あるベアリングのうち、1組の球が1個足らなかった。
  3. 振れ取りしていないので少し振れがある。

なんとも素人くさいオーバーホールだ。
見えないからいいと思ったのか、よほど安価に受けているのか、これは客にチェックされる事態を想定していない仕事だなと思った。振れ取りは依頼外だったのかも知れないし、1mm程度は振れではないとする考え方もあるのでそれはいい。しかしグリスの劣化を見込んでハブのオーバーホールをするのがハブのオーバーホールをやる理由なのだから、元のグリスを除去しないで新しいのを足すだけとは乱暴な話だ。そしてハブにレスポグリス使うな。レスポのグリス、潤滑性能自体は悪くないがすぐ流れ出してしまう。レスポグリスを心臓部であるハブに使うのは、しょっちゅうメンテするよほどのメンテ好き人間かただのバカかどちらかのやることだ。元のグリスを掃除せずに継ぎ足すあたり後者確定。柔らかいレスポグリスを使うと手っ取り早く回りが良くなるので素人を騙すような仕事に使うにはいいだろうが、そんなものは二流の仕事だ。最後にベアリングの球が1個足らないまま組み付けてしまうなど言語道断の素人メンテ、四流五流の仕事である。私はカンパのハブベアリングをパーツだけ予備で何組も持っているから正規の状態に戻せたが、こんなトンデモ整備、私がロードレーサーに乗り始めたまだ子供の頃、自転車の全てを教えてくれ、今にして思えば金を出しても買えない経験をさせてもらったあの「おっちゃん」が見たらカンカンになって怒り出すに違いない。あの人はこんなふざけた仕事は絶対にしなかった。

時代は変わりましたよ。
これでプロの仕事ですよ。

私は心の中でおっちゃんにつぶやいた。

ここで時は約25年遡る。

その店は値引きなんか「気持ち」
しかもおっちゃんは気に入らない客は平気で追い返す猛烈に濃いキャラクターの人だった。なんせフレームの色なんかも「それは似合わへんからやめとき」とか、高いパーツやいいフレームは、初めての客がほしがっても「最初から使っても良さが分からへん」からと売らないとか、今どきの小綺麗な店なら考えられないような事を平気でやっていた。売れればいい、の考え方はこの人には髪の毛一本ほども無かった。それでも慕う客は絶えなかった。今のようにロードレーサーが「工場」で量産される時代とは違う。レーサーは全ておっちゃんのような職人が一台一台フレームから作っていた。おっちゃんの腕は確かだった。
物凄く客を選ぶ人だったが、タバコに針金を入れてどれだけ吸っても灰が落ちない不思議なタバコを作り、見ている人間を不思議がらせるなど、イタズラっ子な面もあったりして憎めない人だった。私はその店で史上最年少の自転車購入者であり、マスコットみたいな存在だった。学校が終わると自転車に乗ってやってきて店が終わるまでいつまでも居るもんだから、用事で店を離れる間の店番を任されたりもした。そんな調子だから親戚の子供くらいに思われていた可能性すらある。

おっちゃんが組んだホイールは、スポポポンとなんだかヤッツケで組み上げただけみたいに見えて、コンマ何mmの狂いしかなかった。何時間もかけてコンマ何mmではない。その見事な組み上がりを、まだ子供だった私に見せつけて「どうだ」とばかりにニヤリと笑っていたっけ。私も手取り足取りホイール組みを教えて貰ったが、あのとんでもない技はどうしても盗むことは出来なかった。そこにマジックは何も無かった。ただ単純に腕が凄いのだ。おっちゃんは私の組んだホイールを見て「上出来」と笑い振れ取りしてくれた。これほどの人に手取り足取り教えて貰うなど、金に換算したら一体幾らになるのか、今にして思えば凄い話だ。もちろん、タダで教えて貰ったのだが。

もうほとんど絶滅しかかっている、隅々まで完璧な仕事をする本物の職人だった。だから平気で全部教えてくれたのだ。技そのものの表面的なカタチはいくらでも伝えたり受け取ったりすることが出来るが、練り上がった「技の完成度」は同じかそれ以上練り上げない事には絶対に匹敵できない。自分の技量に対する絶対的な自負が、おっちゃんの技をオープンにさせた。やり方の全てを見られたところで真似されっこない自信が漲っていた。私は自分で自転車が組み上げられるようになってゆくほど余計におっちゃんの腕のすごさが分かった。
最近のハンパにマニアックなショップがさも特別なように吹聴する「秘密のチューニング」など、おっちゃんにはあり得なかった。普通に仕事をするだけで既にスペシャルな人で、特別ぶりを吹聴するような恥ずかしいことはしなかった。自分でアピールしたことは一度もなかったが一流の自負を持っていたおっちゃんにとっては、自分の仕事は全て特別で当然。それがプロの仕事だった。客を見て商売していたおっちゃんは、それぞれの脚力に応じたスポークテンションでホイールを組む程度の事はいちいちアピールすることじゃなくてタバコを吸うくらいに普通のことだった。特定のメーカーの特定箇所の不具合の知識とそれをカバーする工作はこの店ではありふれていた。だからメーカーの箱からいま出した新品の部品をいきなり削る姿も不思議ではない人だった。

ここにはグリスを塗れとかここにはオイルでグリスは塗るなとかここは何も塗ったらあかんとか、全部いちいち知り抜いていた。リアスプロケットもおっちゃんはさりげなく客の身体能力に合わせて組んでくれた。今はメーカーが何種類も「スプロケットセット」を販売する時代だが、昔は脚力やコースに応じて歯を選んで組み立てたもので、そのあたりもセンスだった。客がカンパの軽合金フリーを欲しがっても、保たないからと売らなかったのも覚えている。これは今カンパが売っているオールチタンスプロケットなんかとは訳が違う代物で、物凄く寿命が短くて何万円もするのにすぐイカレてしまう。確か満足な性能が出る寿命は1000kmほどで、ほどんど金を撒きながら走っているようなグッズだった。じゃあなんでそんな売りもしない高価なモノを店頭在庫までしていたのか?本当にレースに勝負かけてる、丸太みたいな脚の人には売ってあげた。
おっちゃんは、誰でもお客様で安物をどんどん売りつけて使い潰させるのが正義の今の時代には生きていけない人ではないかと思う。その意味では、おっちゃんは生まれる時代を間違えることなく、その技を思う存分活かした幸せな人だった。父が発注しおっちゃんがフレームを仕立て、そして組んだCampagnolo 50周年RECORDフルセットのロードレーサーは今も私の実家に保存されている。時々は乗っていて、その価値が分かる人が見ると驚かれるそうだ。この自転車はきっとMadone SSLxよりも後世まで残るだろう。

私のV2 BOOMERANGがほとんど自分組み付けなのも、結局この頃の経験が凄く活きているし、なしには無理だったと思う。

そんなわけで「本来の姿」に戻したホイールは見事に回るようになった。私は不出来な弟子だが、それでもおっちゃん直伝だ。テキトーメンテを柔らかいグリスの注ぎ足しで誤魔化す二流のショップには負けない。球当たり調整だけでも30分、いや前後で1時間弱はかけたろうか。なんせWH-7700carbonで再びやるまでに約20年の空白があったのだから、あるべき像は見えてもそこへ決められる現場勘はまるで戻っちゃいない。試行錯誤を極めた。
途中で「いい加減、こんなもんでいいんじゃねーか?」と頭を過ぎった。でも諦めない。こんなんじゃなかった筈だ。あの頃、おっちゃんがメンテナンスしたRECORDハブは嘘のように回った。私の手は、おっちゃんがメンテナンスしたホイールがどのくらい回るか、手の感触で覚えている。それを思い出せ。おっちゃんは「そんな聞いたこともない変なグリス入れたらあかん!」と怒っているかも知れないが、そのへんも時代は変わったんだから許してよ、おっちゃん。

遂にたどり着いた、一切のガタなどなく、そしてしっとりとして、かつ、いつまでも止まらないように思える回転。
これこそがRECORDハブの回転だ。

戦闘準備完了。

以下クイズの答え。

Bora_1

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