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2006年6月 1日 (木)

いかなる敵よりも手強い相手、オールドマン・パー

今日はホイールテストの第一弾分を行ってきた。
その帰り道、直線で交通がスッとクリアになったし、もともと今日は体調がいいのを感じていたので「チャンス!」とパワー全開。

テストに使用した峠の気温計が30℃を指していた(気温が高いほど空気の密度が下がるのでタイムアタックは暑いときほど有利)のでもともと今日はタイムア タックのチャンスだったのだが、完全装備だったこともあって遂に65km/hの壁を突破し、68.8km/hを記録した。

もちろんだが、これは日々トラック競技に挑み続けている無名の選手達にも問題外の数値として劣る。彼らの本気は80km/hにも届く。65km/hを破って喜んでいるなど虫の歓声のようなものだ。オッサン75km超えてからモノ喋れや、の世界である。

私は誰に勝ったとか何位に入ったとかには実はそれほど強い興味はなく、何km/hに達したとか1時間で何キロメートル走り切れたとかの方をずっと追求し続けている。私の力で「勝利」を目指したところで結果が知れているので、レースにも時々出るが、これは自分のトレーニングが間違っていなかったかどうか検証するために出ている意味合いが強い。基本的には記録主義だ。個人TTに強い選手をことさら崇拝するのもそのせいだ。

ゴルフにおいて「球聖」と賞されるボビー・ジョーンズの、あまりにも有名な言葉がある。世界最強のまま28歳の若さで引退したジョーンズが、後に「ダウン・ザ・フェアウェイ」に記した言葉だ。

「いかなる敵よりも手強い相手
オールドマン・パー」

「ゴルフ史上最も偉大なプレーヤー」と呼ばれて憚るところのないボビー・ジョーンズと私とではその偉大さにおいてゾウとゾウミジンコくらい違うが、この言葉、私の心にはずっと響き続けている。

増えたり減ったり強くなったり弱くなったり体調が悪くなったりしないものを相手に戦い続ける事で見えてくるものがある。それは弱い相手に勝った“勝利”数を伸ばして悦に入ったり、もともと勝てない勝負に挑んで負けたと悔しがっている人間にはたどり着けることのない境地なのだ。

ツール・ド・フランスに於いて史上最多のマイヨ・グランペール(山岳賞)を獲得した選手であるリシャール・ヴィランクが「史上最も山岳ポイントを獲るのがうまかった選手」であって「史上最強のグランパー」ではないのは自明の理だ。伝説の峠L'Alpe d'Huez史上最速の登坂記録はマルコ・パンターニのものである。一時はラルプ登坂タイムの史上1,2,3位が全部パンターニだった。2004年に史上初めてL'Alpe d'Huez山岳個人タイムトライアルが行われたが、この時優勝したランス・アームストロングのタイムも、登坂部分だけを比較してパンターニには及ばなかった(史上2位)。100km以上走ってきて最後にアタックをかけたパンターニのタイムに、1時間ほどのタイムトライアルで挑んだランスが届かなかったのだからパンターニの凄さが分かる。L'Alpe d'Huezの登りにおいて、第一コーナーでいきなりアタックしその後一度もトップを譲ることなく頂上まで登り切る離れ業もパンターニただ一人しか成し遂げていない。ヴィランクなど、記録の落ち穂拾いをすれば挙がる名前の一人に過ぎぬ。総合優勝を争える力を持ちながら山岳賞獲りのみに集中することで「山岳賞を史上最多獲得」した姑息さ。勝てる勝負しかしなかったからこそ勝った男。ヴィランクがその残した実績の割に尊敬されないのは当たり前だ。前述の2004年L'Alpe d'Huezタイムトライアル。この「山岳賞男」は、もちろんだが表彰台にも登れないタイムしか記録していない。にもかかわらず2004年の「山岳賞」はヴィランクのものだ。

…はぁ???

この男がいかに「点を取るのがうまかった」かがよく分かるエピソードである。

ヴィランクとくれば抜かせない話題が、あの一大ドーピングスキャンダル「フェスティナ事件」の時にフェスティナのエースだったのが何を隠そうこのヴィランクである点だ。チームメイトは早々にドーピングを自白したのにこの男だけチームで唯一最後まで「無実」を主張した。しかし「どの選手に、いつ、どんな薬物を投与したか」のメモにしっかりヴィランクの名前が残っていて、チームの人間によるドーピング暴露本も出て、本人だけが無実を強硬に主張すればするほどお笑いぐさで、ついにはフランスのお笑い番組のネタにまでなった(実話)。そして強硬に無実を主張したせいで裁判にまでなり、しかし最後の最後で結局は観念してドーピングしていた事を泣きながらゲロった。なお、2年にも渡る強硬な無実主張の末に裁判の場で泣きながら自白したエピソードは、ヴィランクが自白後、ドーピングしていたとする証人でありドーピング暴露本の執筆者でもあるフォイト(フェスティナチームのトレーナーのような立場の人物だったと覚えている)と

「遂に告白したな。よくやった。お前は犯罪者じゃない。そうまでさせた組織の被害者なんだ」
「でもこれで俺は失業者だよ」
「まだ乞食になったわけじゃないさ。これで楽になったろう?」
「ああ、楽になった」

と法廷でお互い泣きながら抱き合って和解した美しき「お涙頂戴話」としてフランスでは有名で、余計ファンが増えた面白いヤツだ。色んな意味で凄い男だと思う。なおこの裁判の後ホームレスになることなくもう一度現役復帰に成功し、前段の通り2004年の山岳賞7回目ゲットを花道に本当に引退してその波瀾万丈の選手生活を終えた。

おっと、薬物男で無駄に字数を消費してしまった。

無敵だった当時のボビー・ジョーンズには、もう他のプレーヤーは眼中に入っていなかったと思う。

他のプレーヤーをバカにしているのではない。彼にとってのプレーとは、ただひたすらに己を究め、全力で“オールドマン・パー”とサシで向き合うことだった。他のプレーヤーなど彼にとってはもはや大自然の一部くらいになっていた筈だ。だから無敵だったのだと思う。彼が人に勝つことを意識し続けていたら、あれほど強くはなかった。何しろ自分でもそう語っているくらいだ。世紀の大天才がプレーに関して悩みに悩んだ末にたどり着いた境地こそが「オールドマン・パーの発見」だったのだ。最後までアマチュアだったのもボビー・ジョーンズの特徴のひとつだが、これは彼の本業が弁護士であったため目の色を変えて賞金を得る必要がなかったのと“賞金と呼ばれている夾雑物”がオールドマン・パーとの語らいの場に入り込むのを嫌っためではないかと思う。

最強の名を恣にしながら28歳の若さで引退したのも、様々な理由はあるだろうが己を突き詰める哲学故だろう。彼は引退の理由として「もうゴルフに於いてなすべき事は全て成し遂げた」と語ったが、この発言は生涯プレーし続けて全英オープンを通算何回勝てるかとか、そんな事はつまらないことだと考える人間だったから出来ることだ。ボビー・ジョーンズにとってのゴルフとは、まさに彼が語った言葉通りオールドマン・パーと向き合うことが全てになっていたのだ。

ボビー・ジョーンズを語るときに絶対欠かすことの出来ない1925年の全英オープン。彼以外の誰一人として気が付かなかったのに「アドレスに入ってからボールが少し動いた。だから私のスコアは5だ」と自己申告し2位に破れたあの余りに有名な不滅の逸話も、彼が戦っていた相手はもはや他のプレーヤーではなかったことを如実に顕している。私には全英オープン優勝どころか3回くらい生まれ変わっても出場すら無理だと思うが、仮にそのような立場に遭遇して、果たして誰も見ていないボールの僅かな動きを自己申告しての敗北を受け入れられるだろうか。「俺は出来るよ」と事も無げに抜かせるヤツは本気で勝利のために鎬を削ったことなど一度もないヤツだ。

全英オープンの優勝争いである。

接待ゴルフの1位争いとちゃいまっせ。

大の男達が、■玉一回り大きくした程度のタマを野っ原の穴に入れるのに血道を上げて、生活をそのイギリス球いれの為に全部なげうってやっているのだ。その頂点が全英オープンだ。ゴルファーにはそれが世界の頂点(今ならマスターズも匹敵するだろうが、これはホビー・ジョーンズが引退後自ら設計したオーガスタで始めたものだ)で、みなクラレットジャグを求めて競い合うのだ。「あの一打」を生涯悔やんだ選手なんて山ほどいるだろう。ジョーンズの申告は、いくらフェアプレー精神を重んじるゴルフだろうと、それこそ口の悪い人間なら「格好付けてんじゃねえよこのアメ公」と野次っても不思議はない。繰り返すが、そこらへんのトーナメントとはワケが違う。ジ・オープンの場で、優勝争いの真っ最中なのだ。しかしジョーンズは、この自己申告をせずに全英オープンに勝っても「この時を境に私はオールドマン・パーに永遠に敗れた」とか言ってのけてしまうのだと思う。全英オープンで優勝を争う腕も超一流なら、その鎬を削る優勝争いの中で自ら敗れる選択肢を採れるプレー精神の高潔さはもっと超一流。信じがたい超人だ。「イギリス人に最も愛されたアメリカ人」とまで呼ばれるのも無理はない。

私はいつも考える。

妥協は無かったか?

ジョーンズなら一回の練習ラウンドも無駄にしなかったに違いない。人に誉められたとかけなされたとか勝ったとか負けたとか、そんなのは全部小さいことなのだ。ヴィランクどころかゾウミジンコ並の凡人である自分が、己に出来ることの範疇内で満足しているなど恥ずかしい。

そこそこ走れるようになったからと満足していないかい?

オールドマン・パーは微笑みながらそう問いかける。きっとアマチュアの走りに「ゴール」はないのだ。

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コメント

パンターニのラルプの最速記録は個人TTではありません。

投稿: TIME&Lightweight | 2006年7月 9日 (日) 00:03

ん?と思ったのですが、確かに誤記してますね。
近いうちに訂正させていただきます。

投稿: LIVESTRONG 9//26 | 2006年7月 9日 (日) 07:37

訂正させていただきました。
見つけていただいてありがとうございます。(読んで貰ってる証拠ですので)

投稿: LIVESTRONG 9//26 | 2006年7月13日 (木) 17:26

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