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2006年7月24日 (月)

寡黙な英雄 Indurain その美しい敗北

Lance Armstrongが7連覇してしまうまで、Le Tour de Franceの最多連勝記録はスペイン人Miguel Indurainの5連覇が最多だった。

Miguel Angel Indurain Larraya
ミゲル・アンヘル・インドゥライン・ララヤ

がフルネーム。

Indurainは偉大なチャンピオンであるし、レーサーとしてのエピソードはArmstrongよりもずっと多い。Armstrongの場合は癌にかかったとかそっちの方で弥が上にもドラマチックだが、様々なレースに積極的に参加し実績を残した点ではIndurainが断然上だ。

IndurainはGiro d'ItaliaとLe Tour de Franceを同一年に優勝する「ダブルツール」を達成しているし、2年連続ダブルツールを達成したのは今のところIndurainただ一人で、これは輪聖メルクスも為し得ていない大記録。 なお、トリプルクラウンにも挑戦したが、世界選手権で惜しくも2位に敗れ成らなかった。そしてこの大記録達成が掛かった世界選手権でIndurainを破って弱冠21歳で世界選手権を制したのが、癌を発症する前のLance Armstrongである!因縁は巡るものだ。

Indurainに挑み続けたレーサーであるTony Romingerにすぐ破られてしまったが当時のアワーレコードを達成(53.040km)したし、アトランタオリンピックの金メダリストでもある(ただしこの金メダルはLe Tour de France6連覇を逃したIndurain最後の一花であり、翌年1月引退)。「大記録の列ぶ輝かしい戦歴」と評するほかない。

単純な比較は乱暴かつ余り意味がないが、Le Tour de Franceでしか勝負を賭けることなく7連覇したArmstrongよりも「何をやらせても強かった」Indurainの残した実績の方が総合的にはずっと偉大だと判断されるだろう。このためArmstrongに関して、不滅のLe Tour de France7連覇記録を成し遂げたにも関わらず「Indurainの偉大さとは比べものにならない」と評価されることすらしばしばある。逆に見れば、Indurainはそのくらい歴史に残る大レーサーであるわけだ。

なんせ、人をあまり誉めた記憶がない前出Armstrong自身でさえ

「Indurainこそは偉大なレーサーだ」

と発言したことがある。
レースに詳しい人なら説明の必要すらないが、ArmstrongがLe Tour de Franceを7連覇した「勝ち方」はもろにIndurainによる5連覇と同じスタイルの踏襲なのがよく知られている。持ち上げるのも当然か。

Indurainはスペイン人だがVuelta a Espanaにはほとんど興味を示さなかった。このあたりはスペインが完全に一枚板の国ではないのと関係しているとか、いやIndurainはあんまり出自を気にしていないとか諸説あるが、本人の口から語られた事はないと思う。日本では余り知られていないがスペインは幾つかの国を併合して出来上がった国(ヨーロッパではよくある話だが)であり、北アイルランドで大活躍(苦笑)したかのIRAといい勝負をするくらいの過激な武装独立闘争が行われた国でもある。Indurainは間違いなくスペイン史上最強の自転車レーサーなのだが、名古屋万博のスペイン館にIndurain関連の展示は一切無かった。これは決して展示忘れではなくて、スペ インとしては当然国の英雄の一人であるIndurainに経歴や写真、Indurainにまつわる品物の出展を打診したのだが本人がイヤだと断ったのだそうだ。このあたりもバスク(過去にスペインに併合された別の国の一つなのだそうだ)の生まれである事を意識しているのか、単に恥ずかしかった(Indurainの場合これが冗談で済まないところがある)のかはたまた別の理由があるのか、本人が語らないだけに謎である。

Greg LeMondが始めた、ステージレースにおいて

個人タイムトライアルでタイム差を稼ぎ、その他のステージでは勝ちに行くのではなく総合2位の選手をマークし続けてタイム差を維持し総合トップを守る

ことで総合優勝を狙うスタイルを“完成形”にしたのはIndurainである。Indurainが連勝を続けた5年間、Indurainは個人タイムトライアルでまさに無類の強さを発揮し続けた。2位の選手に3分差とか、仰天し呆れてしまう大差勝ちさえしてしまうこともあった。Indurainの個人TTの強さは「ライバルがやる気をなくす」ほどのものがあり、5連覇の源となった。なお、Le Tour de Franceで若き日のArmstrongはIndurainに個人TTで並ぶ間もなくブチ抜かれた事があり、後に個人TTで圧倒的な強さを見せるようになるArmstrongも全盛期のIndurain相手にはまだ未熟な若造であった。

Indurainは個人TTでこそ全力で走るが他のステージではその差を逆転されないように総合2位の選手にひたすらずーっと貼り付いて逃がさずゴールまで行くか、チャンスがあれば総合2位に対してアタック(そのステージの勝敗と無関係なのが特徴的)して、総合タイムでより引き離す走りを展開する。それを最終ステージまでひたすら続ければ総合優勝する寸法だ。

言葉で書くと簡単だが実際にやるのは簡単ではないし、誰にでも出来るなら皆苦労しない。個人タイムトライアルの場合「作戦勝ち」「勝負強さ」の要素が介在せず、単純にその選手がどれだけ「走る能力」を持っているかどうかがイヤでも出る。TTに強い選手こそ真にアスリートとして強いと評して問題ないだろう。また身長190cmを超える大柄で体重も重かったIndurainは本来山岳に不利なはずなのだが、山がちな土地に生まれ農作業を手伝って育ったせいか、アシスト時代から山岳アシストとして活躍したくらい部類の強い心臓を持っていた。彼の平静時心拍数28が人類最小記録としてギネスブックに載った事も話題になった。Indurainが個人タイムトライアルでいつも圧倒的に強かった事とは、彼が最も高い総合走力を備えていた事を如実に示している。

そんなIndurainだが“勝ち”に執着しなかった異色のチャンピオンとしても有名で、個人タイムトライアル以外のステージ優勝がほとんどない。何しろ、5連覇の最中は個人タイムトライアル以外のステージを一回も獲っていないのだからその徹底ぶりは半端ではない。この珍記録はIndurainに詳しい人なら「何を今更」なのだが、あれほど力があってツールを5連覇していた最中にステージ優勝がTT以外ゼロなのは気味が悪くすらある数字だ。Indurainが最後にツールの通常ステージを獲ったのは、連覇が始まる前のアシストとして走った最後の年であり、その後二度と通常ステージで勝つことはなかった。勝てたステージで明らかにわざとスローダウンして勝利を他の選手に譲り2位に終わった事もある。考えが大局的で総合優勝されとれればいいと考えていたのか他の理由でもあったのか「勝利に執着しなかったのに強かったレーサー」は歴史的に見ても珍しい。みな勝つために必死なのがレースだし、Giro d'ItaliaやLe Tour de Franceほどのビッグレースともなれば、何度も出場しているのに生涯一度もステージ優勝しなかった選手は少なくない(いや、一度も優勝しなかった方が多数派だ)。なにしろ「総合優勝経験があるのにステージ優勝経験ゼロ」の珍記録保持者もいる(マニアックな例としては、最終ステージで逆転優勝したため一度もMaillot Jauneを着て走らなかったのに総合優勝した選手も一人だけいる)くらいだ。総合優勝狙いのレーサーであっても勝てそうな場面であれば勝つために頑張るのは普通だし、露骨に勝ちを譲ると嫌らしい感じになりがちである。勝ちを譲る云々で選手同士がモメる事もあり、大物同士ではMarco PantaniとLance Armstrongの例がある。2000年のLe Tour de Franceのステージ12。Mont Ventoux頂上ゴールのコースでこの2人は2人逃げを決めた挙げ句一騎打ちとなって最後はPantaniが制したのだが、ランスが「あれは勝ちを譲った」と後で喋った事からプライドを傷つけられたPantaniが激昂し、その後Pantaniは死ぬまで二度とArmstrongと口をきかなかった。出場停止明けの偉大な天才クライマーに敬意を表し、総合優勝狙いの自分はタイムさえ稼げれば勝つ必要はなかったので勝ちにこだわらず走ったのが偽りのない本音だと思うが、周りの取り上げ方もあって話がもつれたような気がする。とまれ、こんな事も起きるワケだ。

穏やかで物静かな、いや物静かを通り越して不気味なくらい喋らないチャンピオンとしても知られたIndurain。あまりにも喋らないので何を考えているのかよく分からない。素朴で朴訥な田舎の青年そのまんまに世界の頂点に立った説が大勢を占め、たぶんその通りなんだと思う。Indurainに関しては悪口らしい悪口がないが、相手によって態度を変えない誠実な姿勢と、余計なことを喋らないせいだろう。評伝が一冊日本語訳で出ているが、これも一冊を通じて本人の言葉がほとんどない。喋らないからだ。

機材に全然文句を付けなかったのもIndurainの性格を物語るエピソードとして知られる。Campagnolo社史上でも1、2を争う失敗作コルサレコード、日本通称「Cレコ」の、たまげるくらい効かない事で勇名を馳せたデルタブレーキ。効かない事と外見が妙(個性的)なことから「イカ」「おにぎり」など散々だったあれ、選手達からは命が危ないくらい効かないと非難囂々でメカニックからもこの整備しにくさはわざとやってんのかと非難囂々だったトンデモ製品にも、Indurainは一切文句を付けなかったらしい。さすがにコバルトが出たらすぐ換えてたが。

紛れもなく偉大なチャンピオンだったIndurainなのだが、実は「Indurainが連覇した5年間はツールが最もつまらなかった5年間」などと評されたりする。凄く強いのに果敢に勝ちに行くことがなく、ライバルをマークすることだけに徹する走法を繰り返して地味に総合優勝を続けたからだと思う。Lance Armstrongの連勝も基本同じ方法なのだが、Armstrongは前出のPantaniとの遺恨以降、勝てるときははっきり勝ちを獲りに行くようになった。それどころか後に有名な「No Gifts」発言まで出たほど勝ちを意識するレーサーになった。これは当初ヨーロッパ的な紳士協定を変に意識しすぎたやり方からArmstrong本来の性格(勝ち気・武闘派)を少し出すように変わったのだと思う。それはともかく、Indurainが連勝を続ける前のLe Tour de Franceは毎年誰が勝つか分からないし、勝利の行方もハラハラドキドキの名勝負が多く、観ていて飽きなかったが、Indurainの連勝が始まると毎年Indurainが地味に総合優勝を連発するので「また今年もIndurainだろ?」とあまり真剣に見なくなったような気がする。偉大な記録を打ち立てたのにつまらんとはIndurainにしてみれば失礼千万な話だろうが、確かに正直なところIndurainが連覇した5年間のLe Tour de Franceはもう一度観たいと思わない。圧倒的に強いIndurainが地味に勝つのを繰り返す、よく考えたら異様な展開が繰り返された5年間だからだ。Indurainの6連覇が阻止されBjarne Riisが勝った時はびっくりした。(ドーピングして勝った事を2007年にRiisが告白して二度ビックリだった)

私にとっても「偉大なレーサー」であり「尊敬する」が、ファンかと聞かれると「別に」と答えてしまう。実績的には遙か劣る(Indurainが凄すぎるからなのだが)Marco Pantaniあたりの方がずっと好きだ。強引に勝とうとしすぎて自爆とか、Pantaniは負けっぷりまで凄かった。

Indurainは力がありながらアシスト時代が長かったので、エースになったその年からLe Tour de Franceを一気に破竹の5連覇し、6連覇目を現CSCの監督であるBjarne Riisに阻まれたあと、前述の通りオリンピックには勝ったが翌年1月に、当時最強チームの一つだったオンセからの日本円換算10億円エース待遇のオファーを蹴って呆気なく引退した。Indurainの6連覇 失敗はなかなか劇的で、実はこの年Le Tour de Franceにはコースとしてスペインのバスク地方が組み込まれ、Indurainが故郷に史上初の総合優勝6回の凱旋を行え るようニクい配慮がなされていた。が、このニクい配慮が仇となり、Indurainは総合一桁にも入れない完敗状態で故郷のバスクを走ることになってしま う。レースはいつもシンプルで、無慈悲で、そして美しい。このIndurainの無様な敗北の姿、サイボーグじみて強かった筈のIndurainが何一ついいところを見せ られないまま負けてゆくそのさまは、彼が無人の荒野を走って5連覇した訳ではないこと、5連覇が素晴らしい大記録であることを、無敵なのにガンガン勝ちに行かないところが歯がゆく思え続けた5年間よりもむしろ雄弁に物語っていた。Indurainがこの時の胸中を公に 語った事はない(たぶん今後も語らない)が、無敵の王者が一転敗者として故郷を走ったその心中いかばかりか。

なおこの年に新進気鋭の若者としてデビューしてRiisの優勝をアシストしたのがJan Ulrichで、翌年1997年にはもう初総合優勝し、ドイツ初のツール総合優勝をもたらしている。(そして彼の唯一の総合優勝となった)

この時Indurainの6連覇失敗を事前に予言して有名になった占い師は、後にArmstrongの6連覇も失敗すると予言したが見事に外してインチキぶりを披露する。

従前日本では「インデュライン」表記の方が一般的で私自身ずっとインデュラインと書いてきたし呼んできたが、本来の発音に近いのは「インドゥライン」だそうなので今回あえてインドゥラインと表記した。カタカナで書くこと自体に無理があるのが本当のところだろう。

最後に、アニメーション化されたことでも知られる黒田硫黄作「茄子」作中「アンダルシアの夏」の主人公(と、最初書いていたが「主人公の兄」が正解で、主人公はペペ。エンゾーさんの指摘に感謝!)が「アンヘル・ベネンヘリ」なのは、Indurainに対するリスペクトだと思うのだが、どうだろうか。

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コメント

インドゥラインのフルネーム、初めて知りました。と同時に、

>「アンダルシアの夏」の主人公が「アンヘル・ベネンヘリ」

すぐに頭の中でこの話に結びついたので、エントリ最後の最後にこのコメントが出てきて、「やっぱり!?」と思った次第。

ちなみに、黒田硫黄の原作は読んでいないのでなんとも言えないのですが、映画版では、主人公は弟のぺぺ・ベネンヘリだったような記憶が…。まあどっちも主人公格ではありますけど。
 

投稿: エンゾー | 2006年7月24日 (月) 00:51

エンゾーさん、まいどです。
いえいえエンゾーさん大正解です。私がボケてました。主人公はペペ・ベネンヘリですね。

早速直させていただきました。ありがとうございました。

投稿: LIVESTRONG 9//26 | 2006年7月24日 (月) 01:04

毎度です。
昔、89'ツールの放送をNHKがやっていた頃は、
「インドゥライン」と表記していましたが、
いつの間にかNHKも
「インデュライン」となっていました。
それ以来ずーっと、どこもかしこも
「インデュライン」ですね。

投稿: Carbon_Cloth | 2006年7月24日 (月) 11:41

Carbon_Clothさんまいどです。

「インドゥライン」は日本人として発音しにくいからでしょうかね?

最終的には「Indurain」が一番無難なのでしょう、結局。
私がBORA ULTRAをボーラアルトラといちいちカタカナ表記したりしない理由もそうです。表記論争は結局時間の無駄遣いかなと思うので。

投稿: LIVESTRONG 9//26 | 2006年7月26日 (水) 17:51

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