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2006年8月12日 (土)

L'uomo delle stelle(スターな男)

既にインターネット上はおろか日本の大手新聞紙上にも複数掲載されたので多くの人にとって既知の話だが、2006年のLe Tour de Franceを制した筈のFloyd Landisが筋肉増強剤の使用に関して、予備検体、いわゆるBサンプルの検査でもTestosteroneについて「陽性」と判 定された。

「L'Equipe」紙が「Le Tour de Franceの100年以上に渡る歴史の中でも有数のベストラン」と絶賛したステージ17の優勝後に行われた検査で採取された検体による。

総合優 勝が剥奪されるのは確定で、私の知る限りでは、Le Tour de Franceの100年以上の歴史の中で総合優勝選手がドーピング検査に基づいて失格となったのは史上初の汚点だ。

極めて残念な結果となった。

2005年にRoberto HerasがEPOことErythropoietinの使用でVuelta a Espana史上初の個人総合優勝4度目を剥奪されて以降、スペイン警察から内偵され続けていたManolo Saiz監督(サイスは当時エラスが所属したリバティセグロスの監督である)から芋づる式に挙がった血液ドーピング施術医師の逮捕と、顧客であったことが疑われる選手のLe Tour de France出走拒否騒動(開幕前日!)で、非情な裁定だがしかしクリーンなレースとなった筈だった2006年Le Tour de France。その総合優勝者に、一連の疑獄とまた別のドーピングでクロ判定が下った。ロードレース界は薬物関係のスキャンダル続きである。

今年のLe Tour de Franceを観戦した人の多くが、17ステージのLandisの走りに感激・感動したと思う。まさに歴史に残るスーパーランだった。かつてのGreg LeMondが最終日個人TTで演じた奇跡の逆転劇に列席してもいい走りである。しかも、奇しくも2000年に同じコースであの天才クライマーたるMarco PantaniがLance Armstrongに付けられた差を跳ね返すべく同じような逃げを打ち、しかし無謀な逃げの結果消耗しきってしまい、翌日スタートラインに立つことなくリタイヤしているのだ。17ステージでLandisが単独逃げ状態に入った時、少なからぬ人間、観客もレース関係者もが「この逃げは潰れる」「彼は無謀な賭けに負けて自滅する」と予想した筈だ。あのPantaniでさえ逃げに失敗してリタイアに繋がったほどの殺人的コースである。しかしLandisはその轍を踏むことなく見事に逃げ切って“奇跡”を起こして見せた。この日Landisは、たぶんここ100年のロードレースの歴史で最強のクライマーであろうあのPantaniを超えてみせたのである。

これがまさに「筋書きのないドラマ」たるスポーツのドラマたる所以でなくてなんだろう。
私もその観客のうちの一人だ。感動した。

しかし、演じた勝利が劇的だっただけに

「あれはドーピングだったのかランディス!」

多くの人は受けた感動の深さに比して裏切られた事への怒りを感じることだろう。Herasが潔白を訴えたようにLandisも潔白を訴えてはいるが、覆る可能性はほとんどゼロに近い。

ただ、今回の件はHerasのEPO使用クロ判定と違って素人目には検査結果には些か解せぬ点もある。EPOは効果が「確立」されている薬物であり、しかもHerasは2005年のVuelta a Espanaで従前不得意としてきた個人TTで突然物凄い好タイムを叩き出しているなどレース結果も怪しい。元からオールラウンダーだった上に登りで強く、過去にも登りで凄い走りを見せたことがあるLandisとは趣が違う。Landisが4回受けた検査の中で検査に引っかかったのは17ステージの1回だけであるが、Testosteroneは筋肉増強剤として使うため何ヶ月にも渡って継続的な投与を行いながら筋力トレーニングを続けて初めて“薬効”が出るものだし、だいたいトラックのスプリント競技ならともかく、ロードレースで筋肉増強剤を使用する事にはメリットらしいメリットがない。Tom Boonenがリタイヤした時に書いたが、筋肉が付きすぎると山岳ステージで逆に不利になるからだ。ロードーレースを全然知らない人から見れば、スプリンターに多い筋骨隆々の選手の方がいかにも強そうに見え、小柄でヒョロッとした頼りない感じのクライマーが何故登りで筋骨隆々の選手達を易々と置き去りにしてしまうのか不思議で仕方ないと思うが、そのくらい自重が重いことは登りで不利なのだ。薬物を使ってまで筋肉を増強するなど、スプリンターでない人間にとっては自滅行為ですらある。そしてTestosteroneは前述の通り、Herasはじめ何人もが過去何回も検出されロードレース界ではすっかりお馴染みの禁止薬物EPOや、過去ロードレースで散々使われてきた興奮剤の類のように一発打てば即座に効果が出るような薬物ではない。Landisの場合はまるで「ドーピングチェックにひっかかるために投与している」かのような使い方になる。ただしTestosteroneを投与すると疲労回復効果が見込めるとの報告もあり、私のような一介の素人には伺い知れない「薬効」もドーピングに精通した人間の間では普通に知られていたりするかも知れず、逆に新種のドーピングなのかも知れない。公式発表ではなくあくまでスクープネタなので真偽が怪しいが、Landisから検出されたTestosteroneは通常の人間で検出される値の約10倍だったとの話もある。この数字が本当なら、理由や目的を問わずTestosteroneが外部投与されたことは否定しようもない。

離婚した元妻が選手への憎悪に基づいてドーピング検査で失格させることを目的に禁止薬物を飲食物に混ぜたのが原因でドーピング判定にひっかかり失格となった選手の名誉が回復された例(元妻は傷害罪で逮捕)など名誉回復例も存在するが、エラスがそうであるようにLandisも状況は絶望的に不利で、彼は弁護士を立て法廷闘争も行って全面的に争う姿勢を示しているが、正規の手続きを経て提出されたサンプルから検出された禁止薬物に対しての反証を行うのはまさに徒手空拳で戦うが如き話で、戦局はおよそ芳しくない。(2007年追記。Landisは裁判の場で争ったが最終的にクロ確定)

Landisが所属していたPhonakもBサンプル「クロ」の発表が行われるや否や即日Landisを解雇している(これはチームの規約に基づいた判断だが、UCIの規定上ドーピングでクロ判定された選手を雇用し続けるとチーム丸ごとレースへの出場資格を失うのも関係している)し、来期チームのスポンサーになる筈だった企業のうち一社は既にスポンサーを降りることを表明。Phonakのチーム存続さえ危惧されている。実際、エラスが所属していたリバティセグロスはメインスポンサーだった保険会社リバティがドーピング騒ぎで降りてしまってチーム存続の危機に瀕し、サイス監督がエラスに替わるエースとして獲得した選手であるAlexandre Vinokourovを個人支援する形でスポンサーが付いてアスタナ・ウルトとして何とか存続したくらいだ(しかし、サイスの逮捕騒ぎに関連してツール・ド・フランスではチームごと出走拒否されてしまいヴィノクロフはとんだとばっちりを受ける羽目となった)。リバティの例のように自転車関係のチームスポンサーはチームの選手がドーピングを行っていた事が確定したら一方的に契約を破棄することもできるような条文付きでスポンサード契約を結んでいることが多く(ドーピングによるマイナスイメージを避けるため)、Phonakが今期限りで消えてしまっても不思議はない。

現CSC監督Bjarne Riisの言葉だったと思うが、結局ドーピングとは

「やめるか、全てを失うか」

に尽きると思う。

スポーツの歴史に詳しい人なら既知の通り、オリンピックで興奮剤を使用した選手が競技中に死亡する事件を起こし、スポーツ界でドーピング原因の「死者」を最も劇的に出してしまったのは自転車ロードレースである。今に連なるドーピング徹底排斥への流れを作ったのが自転車競技だ。逆に見るとそのくらい自転車競技とはドーピングが効果的なスポーツでもある。プロロードレースで興奮剤の類はかなり昔から当たり前のように多用されてきたし、ドーピングが今のように明快に違法行為と定義(今や多くの国でドーピングは刑事犯罪)されるようになる前、Le Tour de Franceでも山岳ステージで興奮剤の使用により限界を超えた運動を行ったことが原因と思われる意識混濁を起こして最終的に昏倒しそのまま死亡した選手がいる。当時はまだドーピングチェックなども無かったので「死ぬまで走ろうとした男の中の男」のように美化する馬鹿馬鹿しい話もあるが、死ぬ直前の言動や行動(チームメイトが傍にいたので詳細な話が残っている)などが完全に異常で、死因も心臓発作(興奮剤で限界を超えた運動を行った事による死の典型例)であるなど明らかに興奮剤使用が原因で死んだものだ。男の中の男などではない、ヤク中人間のぶざまな最期である。本来人間は死ぬほどの運動強度で運動を続けることなど不可能(自覚していなかった疾病や異常気象などの外因的なものが作用することによる不慮の死はあり得る)なのだが、興奮剤を使用すると本当に死ぬまで全力で運動できてしまう。フェスティナ事件の時にも発見されその後も多用されてロードレースファンの間ではすっかり有名になったEPOは本来病気や抗ガン剤の副作用などで赤血球が減少した患者に投与されるような「造血剤」だが、その作用故、健常者に投与することで短期的に有酸素運動能力を向上させる。反面、常人に使うと赤血球数が異常に増えるので血の粘度が落ち、心筋梗塞リスクが激増する。理由のない禁止はないのだ。

薬物の濫用によるロードレース競技自体の衰退を危惧したUCI主導で他のスポーツに先駆けて薬物使用全面禁止導入が発表されたとき、ツール・ド・フランスに5回優勝した大選手Jacques Anquetilが

「選手には薬物を使用するかどうか選択する自由がある」

最後まで薬物使用全面禁止に断固反対したのは有名なエピソードだが、そのくらいロードレースで薬物使用が当たり前だった事を示している点でもこの発言は有名だ。Anquetilや当時の他のライバルも薬物使用者だった事を意味する。でなければこうまで発言して禁止に反対する理由がない。またAnquetilは癌で比較的早世したが、病を得たのはドーピングの副作用の可能性がある。他にもかつてのフェスティナ事件の時、90年代最強のチームと呼ばれたONCEの選手がマスコミに発言を求められたのに対し

「パスタを喰うだけでこれほどのコースを走れっていうのか!」

と吐き捨てた例もある。ちなみにこのONCEも前出マノロ・サイスが監督で、サイスは“最強チーム”ONCEの監督として名を上げた人物でもある。今でこそドーピングの渦中の人物になってしまったが、監督としての高い能力や機材に対してのマニアックなこだわりで知られスペイン自転車競技界のビッグネームだったサイスだが、ONCE時代からドーピングにも関わっていたのだろうか。

逆に選手自身もドーピングの摘発に対して

「イカサマ野郎が消えてせいせいする」

のような事を述べる選手もいる。例えばフランスはフェスティナ事件以降ドーピングに対する取り締まりが非常に厳しくなり、フランス選手は確かにクリーンになったが、明らかに弱くなった。そのためかフランスではドーピングしてそうな選手は根こそぎ消えろ論が持ち上がりやすい。クリーンな選手にとってドーピングしている選手とは自分たちの努力をまさにコケにしている存在なのだから、感情論として当然の考え方でもある。

ドーピングはそのスポーツを支えてくれている観客を失望させ「客離れ」を起こす大きな要因でもある。例えばベン・ジョンソンのドーピング事件は明らかに陸上短距離競技の社会的及び経済的ステータスを低下させた。それまで極東の島国のゴールデンタイムCMにさえ登場して多額のギャラを手にするほどのステータスだった「世界一速い男」の地位は、今や世界記録が更新された時にスポットニュースになるくらいに墜ちた。しかも100m走ではつい先日もまたドーピングチェックでクロが確定し記録も抹消された「世界記録保持者」を出している。かつてMajor Leagueで、当時有数の強豪チームだったWhite Soxが八百長試合をやっていたことが発覚してリーグ全体を震撼させた大事件「ブラックソックス事件」の時、法廷から出てきた球史に残るスター選手Joe Jackson(この八百長事件でクロとされ球界永久追放処分)に、ファンの少年が「ウソだと言ってよ、ジョー!」と泣きながら叫んだエピソードは大変有名である。不正行為は、ファンが熱心であればあるほどそれに正比例して深く裏切ってしまう。Landisのスーパーランに感動したいち観客として、そしてロードレースを愛してきた一人の人間として、残念でならない。

思い出すのは映画「L'uomo delle stelle」の台詞だ。(なお邦題は「明日を夢見て」だが、タイトルを訳すと「スターな男」である)

この映画は悲劇的ストーリー故かあまりヒットしなかった作品なのだが、私は非常に好きな映画の一つで、特にクライマックス前の警察署長の台詞がずっと心に残っている。

「皆、お前を信じた。だがお前はそれを裏切った。だから儂はお前を絶対に許さない」

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コメント

アンティクルじゃなくてアンクティル (Anquetil) っす。

投稿: 0000 | 2006年8月12日 (土) 09:09

ご指摘ありがとうございました。書き直すついでに訂正させていただきました。

投稿: LIVESTRONG 9//26 | 2006年8月13日 (日) 13:48

ユニコーンの歌の題名かと思ったよw<スターな男

投稿: あーこ | 2006年8月14日 (月) 02:25

あーこさん、まいどです。

確かにそうだ。懐かしいですな、ユニコーン。

投稿: LIVESTRONG 9//26 | 2006年8月14日 (月) 19:14

私としてはアンクティルと同じ意見です。プロは健康のためではなく「勝つ」ために走っている訳ですし。
ドーピングも公正なルールに基づいてフェアに行われれば問題はないと考えます。
使い過ぎで死んだとしても、それは選択の自由に基づく死なので全く問題はないと考えます・・・が、実際そうなったら微妙な空気になりそうなのでその辺りはエラいUCIが規制をしてくれるでしょう。

まあ、こういった考えが社会に受けれられる可能性はゼロですが・・・

投稿: nagaoka | 2008年5月13日 (火) 22:44

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