OVERCOMING
以前取り上げた、Le Tour de Franceにまつわるドキュメンタリー映画「OVERCOMING」をやっとこさ視聴した。
「出来ておる」
いやー、面白い!
ようは
Bjarne Riis率いるTeam CSCの2004年Le Tour de France挑戦に密着取材したドキュメント映画
なのだが、レースの過酷さ、そこで繰り広げられる各人の葛藤が実に克明に描かれている。選手として苦労人だったRiis(長い下積みを経て、1996年にあのMiguel Indurainの6連覇を阻止してLe Tour de France総合優勝。しかしその翌年には前年総合優勝者としてエース扱いで出走しながら不調や不運なメカトラブルなどに見舞われてしまい、まだ駆け出しの若造であったJan Ulrichの総合優勝をエースがアシストする挫折を味わう)は、自分を表現するのが不得意だと語るし実際見ていても自己表現が不得意そう(現役時代もしかめっ面ばかりしている事で有名だったくらいだから筋金入りだ)なのだが、そのあたりの不器用さが逆にリアリティを醸し出していて見る分には面白い。これがJohan Bruyneelだと綺麗に出来上がりすぎるだろう。Manolo Saizだと、ぶっきらぼう過ぎて視聴者は不快感さえ覚えそうだ。ONCE全盛期ならSaizとONCEを取り上げるのが面白かっただろうけど。最強チームと呼ばれつつ結局ツールを制することが出来なかったONCEの姿は、素晴らしいチームワークだったがArmstrongの牙城を崩せなかったCSCと少しダブるところがある。
2004年シーズンは、CSCにIvan Bassoが加入した年だ。
RiisはBassoについて語る。
「ツールを狙える逸材だ」
山岳スペシャリストであるCarlos Sastreとのダブルエース状態となることから、両者の関係がうまく行くことに心を砕くRiis。穏和で、Fighting spiritはあるがそれを剥き出しにするのではなく静かに燃やすタイプの、絵に描いたような優等生Bassoに対し、SastreはSRMを使用したパワートレーニングを実施中もRiisの指示を聞かない(オーバーパワーだと指示されてもペースを落とさない)ばかりか、しまいには
「そのコンピューターがオレの事を理解すればいいんだ。きっとオレより賢いよ」
と抜かすなど、こちらは絵に描いたような腕白坊主だ。よく書けば「野性味溢れる選手」なのだろうけど。
そのSastreとBassoの攻撃がうまくかみ合って、頂上ゴールのステージでBassoがArmstrongを下し勝利を挙げるシーンが一つのピークとして描かれる。
いつもしかめっ面で不器用で感情表現が下手なRiisが監督車のハンドルを放り出して歓喜の雄叫びを上げるシーンは印象的だ。Bassoは一気に総合6位に浮上する。
RiisはBassoの前に立ちはだかるArmstrongについても当然語る。
「アームストロングはバカじゃない。選手としてももちろん一流だが、戦略的に抜け目がない。それは心理面にも及ぶ」
「アームストロングの走りがバッソの走りに影響したら、うちは負けだ」
そしてL'Alpe d'Huezで今のところ史上唯一行われた山岳個人TTが、勝利の歓喜からの暗転としてうまく使われている。この時Armstrongは故・Marco Pantaniが持つ最速登坂記録に僅か遅れる史上2位のタイムで登り切る驚異の快走を見せるのだが、それだけではなく先にスタートしたBassoを途中で抜き去ってしまう。1人づつ間隔をおいてスタートする個人タイムトライアルで先行選手を何人も抜き去るのは「その選手がどれだけ素晴らしい地力を持っているか」を示すもので、ましてやその抜き去った相手が総合上位の選手ともなれば桁外れのずば抜けた速さを有している事を示すもの(個人TTで次々と先行選手をブチ抜くのは、前出Indurainの十八番であった。若き日のArmstrong自身、個人TTでIndurainに一瞬並ぶことすらできないほどブチ抜かれた事がある)であり、個人TTで負けるならぬ「抜かれる」のは、優勝争いをしている選手にとって最も屈辱的なシーンの一つである。それは個人TTステージの後に選手自身が「抜かれるのだけは死守した」と語る事もあるほどだ。
この山岳個人TTでArmstrongがBassoを抜き去ったシーンは2004年のArmstrongの圧倒的強さを象徴(7連覇の中で2004年が最多ステージ優勝を遂げている)したシーンの一つだが、抜かれたBassoとCSC側から見た内情を描いて見ると当然ながら違って見える。
実はこのTT、Bassoは事前練習のベストタイムを出せれば総合トップにも立てたのだった。しかし歴史のIfは絶対に覆らない。
「アームストロングが来てる」
監督車の中の空気が凍り付く。
本当に凍り付いているのが凄い。監督車に乗っている全員が2秒ほど見事に固まってしまう様子が映っている。
慌てて気を取り直したRiisは、この現実を否定したい願望がこもっているかのように連呼する。
「行け、バッソ。まだ終わりじゃない」
無線に向けて何度も何度も叫ぶ。
しかし物凄い勢いでArmstrongはBassoの背後に迫る。力の差は明白。
「バッソの自転車に飛び乗って、目一杯漕いでやりたかった。出来ることは何でもしてやりたかった」
Riisの語るこの言葉は、Basso、Riisの乗る監督車、そのすぐ背後まで迫った鬼神のごときArmstrongの映像と相俟って実に切なく、感動的だ。ArmstrongがRiisの乗る監督車に睨みを効かせて去ってゆく様も「王者Armstrong」の真骨頂を見せつけていて圧倒的な凄味がある。スローで映る、凄まじく隆起したArmstrongの背筋や大腿四頭筋も、もはや「鬼」めいている。RiisはArmstrongに対し苦笑して返すが、まさに言葉通りに苦笑している。彼は手塩に掛けて育てているエースがいま無様に敗れようとしている姿をただ見送ることしかできないのだ。苦笑するほかない。
「一瞬で全てが変わる」
とRiisが語るように、総合上位を十分狙える位置にいてその力もあったBobby Julichが一瞬のミスによる落車で手首を骨折したシーンなどは、まさにその落車の瞬間を車内のカメラが当事者の目よりも正確に捉えており、ツールが相手チームとの戦いだけでなくアクシデントとの戦いでもあったことがよく分かる。うまい構成だし、このドラマは作り物じゃない。全てが実際に起きたのだ。
見た人はCSCのファンになるかも知れない。
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コメント
はじめまして。いつも楽しく拝見しております。
私はこのDVDを観てロードレースを本格的にはじめちゃいました。
今までは自転車には乗っていたのですが、ツーリングメインでした。
このDVD、いいですよね。複合的な視点で起きたことを追っていく感じですね。
私は、リースが「いつも自転車の部品を壊してしまう。性能を100%出せるように強くねじをしめすぎてしまうんだ」みたいなことを言っている場面が印象的でした。
CSCもかっこよく撮られているけど、ランスもかっこいいですね。
ラルプ・デュエズでバッソを追い抜く前に、車の中のリースと一瞬目を合わせるんですよね。
その後、非常なまでの強さで、一気にバッソを追い抜いていく。振り返りもせずに。その背中のラクダこぶが、異様にかっこいいです。
このDVDのほかに、ツール・ド・フランス2003記念DVD(ドイツテレコムに密着した作品)もいいですよね。あれでツァベルのファンになりました。
これからも更新楽しみにしております。
投稿: もけけ | 2007年3月 6日 (火) 12:48
はじめましてもけけさん。
これからもよろしくお願いします。
リースの言葉、冒頭で出てくるやつですね。「10回失敗して初めて加減が分かる」と締めくくられるアレ。いつも壊すならぬ「ネジやねじ山を潰してしまう事もあった」ですけど、それはともかく「10回失敗して初めて加減が分かる」は含蓄あるなと思います。
ランスが格好いいのも、確かにそう思います。これだけ頑張ったCSCのメンバー達をして全く敵わなかった絶対の王者として出てくる事で強さが際だっている。
投稿: LIVESTRONG 9//26 | 2007年3月 8日 (木) 02:00
初めまして。昨日のジロ・デ・イタリア第12ステージを見て、「ランスの山岳TTがものすごかったのは、いつだっけかな」と検索したら、ここへ着きました。すごく面白い記事でした!「凍りつく監督車」見てみたいです。中継でバッソが置いていかれるところを見たのを思い出しました・・・すごくしょぼいブログなんですが、ジロの感想を書いていたりしますので、このページのリンクを貼らせてください。また寄らせていただきます。(o^-^o)
投稿: koguma46 | 2009年5月22日 (金) 13:33