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2009年4月25日 (土)

「手軽に出来る今日のおかず」

日本では「本気」の自転車本がなかなか出ない。

自転車の雑誌やムック本がジャンジャン発刊されているが、こんな本はまず出ない。

このような本のややマイルドものが僅か見つかる程度だ。

日本では暫く前から自転車ブームだ。
ママチャリではない自転車に乗っている人を見かける機会が断然増えた。
自転車通勤も、もはや物好きな人間だけのものではない。
自転車関係の本の新規出版ペースもハンパではない。
明らかに今まで自転車をやってこなかった出版社も「いっちょ噛み」に来ている。

だが、今のところは人口がただ増えただけ、つまり「裾野は広がった」だけで、底上げが起きるにはもう少し時間が必要なようだ。逆に見れば、この増えた人口が一過性のブームだったのか底上げを起こすだけのホンモノだったのかはまだ判断ができない段階だろう。
少なくともシボハン*つけて固定ギアで街をよろけながらのろくさ走っている若者達が10年後も同じスタイルを貫いているとは思えない。フロントトリプルの自転車で常時フロントインナーのリアトップにしたまま走っている人なんてのも幾らでもいる。チェーンの耐久テストでもしてるんか?と不思議だが、シボハンもインナーxトップ固定も好きにすればいいことだ。誉めてるわけでもけなしているわけでもないが「裾野」なんだし。
が、これだけハイテク好きの国だしシマノのお膝元なのに、純国産パワーメーターはまだなかったりする(CATEYEのは肝心の心臓部がドイツ製である)あたりにも日本の本気度の一端が出ていると思う。乗っている人間も作っている人間も、どこかでブレーキがかかっており「トコトンいく」気概に欠けるのだ。それどころか自分では本気のつもりの人でも、必ずどこかに「そこまでは必要ない」がある場合が少なくない。だが、間違いないこととして、トコトンいく本気の人間に「そこまでは必要ない」はあり得ない。「そこまでは必要ない」と小賢しく飾る人は、実は「腰が引けました」と正直に認める勇気がないだけだったりするのだ。もう少し勇気があって正直な人は「それはさすがに腰が引ける」と認めることだろう。そしてヨーロッパの愛すべき自転車バカ達はこの「トコトンいく本気の奴」が質的にも量的にもハンパじゃない。日本でトコトンいく本気の人間は少ない。良くも悪くも“わきまえて”いるカシコイ人が多い。

もちろん、り手がいくら本気出したところで買い手がいなければ商売として破綻するのだから、本気の作り手が育つには本気の乗り手が多くなければならない。日本のハイテク家電がやたら高機能なのは、可処分所得を全部それらに突っ込んでしまうオタクな人が沢山いればこそだ説もあるくらいだ。そのような人たちが高機能化を買い支えている、と。彼らは分野こそ違え「トコトンいく本気の人間」なのである。そのような人たちは「そこまでは必要ない」などと小賢しい台詞で自分の腰引けを正当化しようとしない。

日本で

「ボトルをダウンチューブに取り付けた場合とシートチューブに取り付けた場合でどう空力が違うのか」

とか

「パワーメーターが出した値に応じて、次に必要なトレーニング内容」

を「さわり」ではなく「ちゃんと・正面から・じっくり・とことん」取り上げた本が出るまでにはまだ年月を必要とするだろう。

数日前、自転車屋(ママチャリの類は一切扱っていない店)の前にV2 BOOMERANGを止めてちょっと買い物をしていたら、初めてちゃんとした自転車を買いに来た壮年ご夫婦が目を留め、物凄く興味津々で見た挙げ句色々とワタシに質問されたしV2 BOOMERANGの写真まで撮って帰った。いたくお気に召したようだった。

が、正直、こんな自転車は誰であろうと薦めない。

ここは「やめておけ」と止められてもやめないような人間だけが行き着く領域だ。誰かに薦められなければ駄目な奴では絶対挫折する。

ご夫婦も、このヘンテコな自転車が幾らするか聞いたらきっと失神モノだ。あまりよく分からない人の目にはただ単に“いかつい”自転車に映るかも知れないが、知れば知るほどヘンで異常な部分ばかり。たぶん、なまじっかロードレーサーを知っている人ほど不思議な「これは何故だ?」な部分が見つかるだろう。普通のロードレーサーが持っている普遍的な価値すらほとんど捨ててしまった、覚悟がない人には物凄く高価なガラクタである。何故ならよくできたロードレーサーはテレテレッと30km/h程度で“流し”ても存外気持ちいいものだからだ。必ずしも飛ばさなければ楽しくないわけではない。それどころかゆっくり走ってなお作りの良さをひしひしと実感させてくれたりする。結局「極めて効率がよい乗り物」だからだ。ところが今の仕様のV2 BOOMERANGはもう「全力で走っている時以外は全く楽しくない」奇形自転車になってしまった。そこにはもう「健康的で環境に優しい乗り物、自転車」の貌はほとんど残っていない。全力で100km以上走ってどこも痛くならないのに、ダラダラ走ったら1時間もたずにあちこち痛くなってくる。100rpm以上脚を回し続けて初めて乗り手と自転車のバランスが取れるようになっているからだ。じゃあ楽しくないのか?

ぜんぜん。
もたらしてくれるのは、他じゃ得られないとびっきりの時間である。

腹八分目結構。足るを知るのは人としてとても大事な事だ。
が、ライトな取り組みからは、得られるものもライトだ。
今の日本の自転車本は99%くらいが「手軽に出来る今日のおかず」「簡単に出来るお弁当」「ちょっとの工夫であとひと品」で占められている状態なのだ。いかにラクして成果を出すかばかりを熱心に取り上げている。料理そのものが好きで、もっと上の料理を作りたい人間には踏み込みがまるで足りない。これが料理だと、本気の人間向けにはちゃんと本気の本がある。自転車にはナイ。

手間も金も省いた料理と、手間も金もかけた料理。腕が同じであるならば、同じ結果の筈がない。

「手軽に出来る今日のおかず」「簡単に出来るお弁当」的なものが一番数多く売れる事は認めよう。それは事実だ。そして日本にはまだLe Guide Culinaireが生まれそして受け入れられる土壌もないだろう。

だが、100人が100人とも手抜きしたいと思っているならとんだ大間違いだ。
そろそろ手軽なおかずでは飽きた人も増えてきていると思うのだが。

わきまえたカシコイ人ばっかりじゃ面白くないのだ。

*ワタシは、最近街に増えた不必要に幅が狭い謎の自転車用ハンドルを、珍走団がシボった(曲げて幅を狭くした)ハンドルを「シボハン」と呼んでいたのに準えてシボハンと呼んでいる。シボる意義が判らないし街乗り自転車なのにあまりシボると危険なだけだと思うのだが、オヤジのお節介なので珍獣を見るような気持ちでただ見守っている。だいたい自分が怪獣クラスのに乗っといて人にどうこう指南できた義理でもないし(笑)

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コメント

こんばんは。いつも楽しく拝読させて頂いてます。

ガチなモノはガチな市場でしか受け入れられないというリスクを避ける為に、安全な「手軽にできる今日のおかず」に逃げてしまうんでしょうかね。

以前Webサーバを改造するためのガチな本を出したんですが、コンピュータ関連書籍としてはまったく失敗という残念な結果でした。そもそも広く売れることは期待していなかったのですが、ガチな人たち・企業の間ではベストセラー(当社比)だったわりに驚くほど売れなかったのがとても印象に残っています。
個人的には普通のものつくってても面白くないんですけどね...とはいえキチンと売れないと続けられないというジレンマ。うーん。

投稿: oyama | 2009年4月25日 (土) 00:41

初めて書き込みします。
私も常々同じような思いを抱いていたので、今日の日記は溜飲の下がる思いで読ませていただきました。
現状では日本語訳の中級~超上級者向けの本が出るのを待つより、英文で書かれた洋書やサイトを読む努力をしたほうが良いみたいですね。

ちなみに、ふじいのりあき著「ロードバイクの科学」が愛読書です。
今は「シロモト スライドクランク」にてシチュエーション毎にクランク長を色々変えて試すことに楽しさを見出しています。
また、シマノには早く楕円チェーンリングを出して欲しいです。
特許の使用許諾を得たという話がありましたし・・・。

駄文・長文、失礼致しました。

投稿: 無知 | 2009年4月25日 (土) 02:12

こんにちは。

まあ日本人は自転車をなめてるとしか考えられないです。
競輪以外の競技の歴史も浅いし、あまり注目されてる強豪選手も少なくてロードではいない。ヨーロッパ人が日本に来てびびるのは歩道を自転車が走っていることらしい。おっさんがふらふら走ってる。「たいした乗り物じゃないでしょ?」て思ってる人が大半ですからね。裾野が広がってもそれ以外の通勤用としての裾野が広いのでスポーツとして認められにくいと思います。

自転車の本に関してですが、自転車以外の競技でも日本人の書いたコアな本てあまりないような気がします。例えば水泳では「swimming fastest」といった辞典みたいな本がアメリカで出版されてますが日本人でこういった本を書いてる人はいない。柔道とかは別として、まあ競技のトップクラスじゃないからしょうがないとしても、もうちょっと翻訳してほしいとは思います。まあグローバル化のこのご時世に日本語にこだわるのがおかしいとかいわれそうですが…

投稿: cano | 2009年4月25日 (土) 02:23

はじめて書き込みさせていただきます。
やはり日本の自転車事情を語る上で絶対外せないのは、日本の道路が自動車向けに特化しすぎている点にあると思います。
以前パリ~アムステルダム間を自転車で走った時は、路肩の広さや、自転車専用道の充実、ドライバーの自転車に対する配慮など、日本とは比べては失礼なほど走りやすかったです。
自転車ブームが一過性で終わるかどうかは、今後の行政の取り組みにもかかってますね。

投稿: KO1 | 2009年4月25日 (土) 07:55

ここ数年は本当に、どの誌ももブームに乗ったビギナー向け、広告だらけの宣伝誌という感じですね。
10年くらい前までは「本気」の人向けのものがそこそこ出ていましたが、現在はパーツカタログすら微妙な印象を受けます。

90年代半ばあたりは心拍計を用いたトレーニング方法や、栄養素が実際にどのような作用・効能を示すかについてまで書かれたものが掲載されていたり
今中大介氏の『ロードバイクテクニック』は心拍計・筋力トレーニングの方法だけでなく、レース当日にコンディションを合わせたり、レースで集団内での位置取りやアタックの仕掛け方まで書かれており、ロード競技を志す人には結構参考になる内容でした。

更に逆上って20年程前になると、ヘッドパーツやBBは勿論のことペダルやハブやフリー(ボスフリー)まで分解して内部構造を描いたり、革サドルの手入れやインフレーターの分解・メンテ、果てはホイール組や
改造方法(ハンドルにエアロブレーキレバーのアウター用の穴を開けたり、フレームにダボやアウター受け等を直付したり)や見た目のバランスまで書かれたメンテナンス(メカニック)本が出ていたり
それこそ「マニア」向けの本がちらほら出ていましたが、現在そのように突っ込んだ本を見掛けないというのは、時代の流れなのでしょうかね。少し寂しく感じます。

投稿: さんじぇ | 2009年4月25日 (土) 12:39

ここに載っている本売れてますね。
このHPのおかげでしょうか?

都内で道路を走るのは自殺行為ですね

投稿: ちわわ | 2009年4月25日 (土) 14:43

日本では自転車をナメっきってますね。

以前、所有しているLightweightを知人に『利益率8割のぼったくりホイール』と言われました。
じゃあ10万円で造ってみろよと言う話しです。
利益率なんてどうでも良いのですが、ママチャリと比べられたら溜まらないです。
全ての自転車がママチャリと同水準と考えている様な人が多すぎますね。

スポーツとしての自転車の認知度ももちろんですが、もっと自転車としての知識が上がらないと駄目ですね。
夜に無灯運転、片手に傘or携帯電話を普通に見かける事がなくならない以上は、
日本の自転車意識は低いままだと思います。

投稿: Lightweighter | 2009年4月25日 (土) 21:02

あの異常に幅の狭いバーハンドルは、ノーブレピストの連中とその周辺で流行ってるようです。

まぁ、歩道で歩行者の間を強引にすり抜けて人目に見せつけることを目的にしたものなので、その程度でも恐怖を感じるまでの危険に晒される危険を経験してないというだけでしょう。そんな奴らが車道で通用してるところなんか見たこと無いです。

投稿: | 2009年4月26日 (日) 00:28

私の周りにもロードレーサーに乗る人はたくさんいますが、その楽しさが広まっていないと思います。

恥ずかしながら私自身もレースに参加するようになるまでの3年間は、「楽して遠くに行く」、「恰好を良くなる」ことに終始してその楽しさが微塵も理解できていなかったように思います。機材は雑誌で評価の高いとされるものがカッコ良いとさえ思っていました。

レースに参加するようになって、タイヤ、ホイル、サドル、ギヤ比などが気になりはじめ、そのうち食事や体脂肪率に気を使うようになり、ついには潤滑油やベアリングにまでこだわりが出てきました。楕円チェーンリングは感動モンでママチャリにもつけたいくらいです!最近ではトレーニングオタク(恥ずかしながら実行よりも理論が先行してます)になって時計と心拍計、ローラーの負荷グラフとにらめっこしています。

「底上げ」には、多くの方々にレースを経験(私には1回の経験で十分でした。仕事の関係でレース参加は年1、2回ですが、一年中ロードレーサーでオタってます)していただくのが一番だと思います。

投稿: NIST | 2009年4月26日 (日) 15:39

お疲れ様です(^-^)
100000000アクセスにはやられました(^^ゞ
うーんと思いながらもあり得るかなぁ~と(笑)。

自転車雑誌は06、07と毎月買って気に入った特集などを楽しく読んでましたが去年くらいからどんどん内容がつまらなくなって買わなくなりました。
僕が知りたい事や読みたい特集記事はそんな薄い幼稚な内容じゃあないんだと。
100kmや100マイル走る事なんか特別すごい事じゃあないのになんでという感じです。
ビギナー向けの雑誌はいっぱい発刊されてますが、今まで自転車専門誌としてやってきた雑誌にはその先の内容を検討して見ては?と言いたいですねぇ。
おたまじゃくしは買ってくれても足のはえたカエルはそっぽを向くよっと。
エアロパーツにしても軽量パーツにしても、どのくらい効果があるのか実験と実証をして読者に伝えるくらいしなくっちゃ。


普段歩道は極力走らない様にしてますが道路( 特に国道 )を走るのは自殺行為に近く自動車を運転する人間のモラルなんてもんには少しも期待できないのが現状です。
だからもっぱら片道20kmの河川敷を目一杯タイムトライアルしてます。

自転車と自動車が共存して行くのはヨーロッパの国々を模範にするしかないのでしょうが‥

投稿: ZiPP2001 | 2009年4月27日 (月) 02:38

こんにちは。たまにチェックしにくるのですが、バックナンバーは必ず
全チェックしてます。

世界のエッジはウルトラディープなんですね。
やはり英語人口が多いからニッチでも市場成立というこなんでしょうか?
自転車ブームとのことですが、ここのサイトのアクセス数の伸びがハイエンド人口の
バロメーターになるかもですね(笑)。

>> Webサーバを改造するためのガチな本
これ読んでみたいんですが、まだ売ってますか?

投稿: yk | 2009年5月 1日 (金) 01:30

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