これも何だか「進化の袋小路」臭がする
UVEXのエアロヘルメットと来れば「FP2」だった。なおこの名前は「Factory Pilot 2」の略である。
FP2、考えてみればヘルメット界では異例の長寿命商品で、随分長いこと一線級で使われ続けた。
今は亡きT・Mobileがずっと使っていたし、2009年の今でもその流れを受けた*チームCOLOMBIA HighRoadはFP2を使い続けている。他のチームやトライアスロン選手にもけっこう使用者がいた。この長寿命とドイツ製であることをかけて「ヘルメット界のBf 109」と書けば大げさもいいところで戦闘機ファンから集中砲火に遭い蜂の巣にされそうだ。が、私も被ったことがあるから分かるのだけど、理由もなしに長生きしたわけではない。
FP2は、軽い。300gを切っている。これがデカかった。
軽くできた理由は簡単で、エアロヘルメットが「ヘルメットのカタチをした、単なる空気整流目的の風防」から、UCIのテストに耐えるだけのインパクトプロテクションを備えていなければUCI管轄レースでの使用が不可になる大きな規制改正が行われたそのちょうど境目の時期にちらほら見られた「発泡スチロール製の帽体に、ペラペラの風防をガワとして造作した」作りになっているからだ。今はそのような作りは廃れ、ほとんど見られなくなった。安全性重視がもちろん大きな理由だろうし、案外作りにくいのもあるんだと思う。この構造のエアロヘルメットはほとんど皆値段が高いのがそれを示している。FP2などは300ユーロもした。2008年末〜2009年初頭に起きたユーロ大暴落を経験した人にとっての300ユーロは値打ちが随分落ちただろうが、1ユーロ160円以上も普通だった時代に300ユーロしていたのである。つまり5万円ほどもした。調べて回ったわけではないが、たぶん市販品として最高価格エアロヘルメットだったのではないか?
触ってみると分かるがFP2のガワはほんの軽く指で押しただけでもへこむくらい薄くて柔らかく、今のエアロヘルメットのように「それなりにきちんと硬いガワの内側に、インモールドされた発泡スチロールが一体化されている」ようなガッチリしたモノとは全然違う。インパクトプロテクション機能は頭の周囲の発泡スチロール製帽体のみが受け持ち、ガワの部分は“たぶん、何もないよりはマシのような気がする”程度の防護能力しか持っていない。耳の辺りなどは、外から見れば覆われているので何だか“護られている”っぽいが、実際はそのペラペラ一枚で覆われているだけなので防護もクソもあったもんじゃない。これだけ極端な作りだから当然のように軽い。あまりに軽いと思ったので重さを実測したが確か280g台だった覚えがある。今の普通のエアロヘルメットはだいたい400g前後あるので、被り較べたらはっきり軽さを実感できるくらい軽い。たぶんこの一点ですごく長生きしたんだと思う。ヘルメットで100g以上違うと、長時間かぶるほど首への負担の違いとしてキクのは間違いない。個人によって体感の差は大きくあるだろうが、軽い方が負担が少ない物理的事実は動かない。そしてUCI認可エアロヘルメットで300gを切っているものはほとんどなかった。この一点だけでもFP2には生きながらえる立派な理由が立っていた。
モデルチェンジした理由は、より安全性を重視する時代の流れと、ベンチレーション機能が無いに等しいのでムチャクチャ蒸れてクソ暑い事と、やっぱり?と評したらいいのか、必ずしも空力が最高ではない事が分かってきたからだと思う。
ヘルメット単体でマネキンに被せて風洞実験したら、たぶんFP2のような“尾っぽ”が長く伸びアンダーカバーで覆われたタイプが一番優秀な値を叩き出すんだと思う。単なる空気整流目的風防機能しか持たなかったせいで新規定の前に消えていった、伝説?のエアロヘルメットGiro Rev IVなどもまさにこのタイプだった。物凄く“尾っぽ”が伸びていた。そして、エアロヘルメットとしては珍しく2007年のユーロデザインアワードを獲ったALPINAの「VENGA」が、奇しくもビヨーンと“尾っぽ”が伸びたデザイン思想及び帽体とガワの組み合わせ思想の両方でFP2を踏襲している。時代性の違いによりVENGAがフルカーボンのガワを採用しているくらいの違いだ。ご丁寧にも値段がヤケクソに高いところまで同じ路線を踏襲している(笑)。これは「なんで今更同じようなモノを」ではなく、単純な風洞実験ではやっぱりコレが“正解”として出てくることをある意味実物証明したような例だった。OGKが作っていた受注生産の高価なエアロヘルメットAERO-TTも同じ設計思想だった。
が、もはやこのタイプは“風洞実験番長”であって実際に走った時は必ずしも効果的でない事が分かってきた。レースの場合、下を向いてモガくシーンは少なくないが、その時“尾っぽ”は長ければ長いほど盛大に“エアブレーキ”として作用してしまう。しかもそれどころかマネキンモデルではなく生きた人間を自転車に乗せて走らせながらの風洞実験してみると、次第に
“尾っぽ”の長いエアロヘルメットを被って真正面を向くよりも、あまり“尾っぽ”の長くないヘルメットで下を向き続けた方が総合的な空気抵抗は少ない。
事すら分かってきた。これは先日取り上げたBoone Lennon氏だけの独自理論でもないだろう。何故ならSPECIALIZEDがプロ向けにだけ供給している非売品のエアロヘルメットとして「TimeTrial 2」そして2008年Le Tour de Franceデビューの後継「TimeTrial 3」がある(「2」から始まっているように見えるが「SPECIALIZED TimeTrial」もあって、この頃は一応市販されていた。2の時に市販予定ありとアナウンスはされていたが、市販される前に3が出るなどまだ“完成形”ではないようだ)のだが、改良新型であるTimeTrial3の方が“尾っぽ”部分が短くなっているのだ。このSPECIALIZEDのTT2/TT3シリーズは他社のエアロヘルメットにない物凄くユニークな特徴が幾つかあって、特にベンチレーションの設計が他と比較にならないほど飛び抜けて良くできている。相当入念な風洞実験をやって作っている事がよく分かるのだが、そのSPECIALIZEDが“尾っぽ”を短くしてきたのはやはり「コレが正しいから」だろう。OGKがAERO-TPで“尾っぽ”を劇的に短くしたのも、幾たびもの風洞実験の結果でこれが正しいことを確かめ、また日本ナショナルチームに選ばれた選手のリクエストに応えてのコトだ。
かくして、今やけっこう個性的なデザインとして生き残っていたUVEX FP2が、思いっきり「モロ、どこかで見た形」なUVEX Aeroにモデルチェンジしたのは偶然じゃなかろう。思うに、もうちょっと“尾っぽ”を短く切り落としても良かったんじゃないだろうか。それこそOGKのAERO-TPのように。そこまで大胆な変更をするにはやや勇気が足らなかったか。
Giro、BBB、UVEX、他にもある。もう「グラフィックとベンチレーションホールレイアウトとストラップの仕組みが違うだけの、事実上同じヘルメット」がどんどん増えてきた。あんがいOEM供給関係にある商品も存在すると思う。供給する側としてもライン生産する以上は数を出したいし、供給される側にしてみればあまり売れない商品を一から開発するのはリスクばかり多い話だからOEMで充分。まだ独自のユニークなデザインを貫いているメーカーだって勿論幾つもあるが、単にモデルチェンジサイクルの問題だけの可能性も高く、次にモデルチェンジした時は似てくるだろう。何故なら以前よりずっと「あるべきカタチ」が見えてきているからだ。そしてあまり凝った事をやると価格面から市販品として無理が出てくるので、前述SPECIALIZED TT3のようないろいろ凝った作りのヘルメットを「市販」してくるところは少ないだろう。しょせんエアロヘルメットなど売れる数が桁違いに少ないニッチ商品。妙に凝った事をするほど商売としては失敗する可能性が高まるからだ。SPECIALIZEDがTT2/TT3を売り出せないのもそのあたりが絡んでいる(安くしてもバカ売れは元からあり得ないジャンルであるが、それでも高けりゃ余計売れないので値段の付け方は普通のヘルメットより難しいと思う)だろうし、受注生産ではあってもOGKがAERO-TPを実際に販売するのは大した勇気だと思う。普通の感覚で見るとまさに仰天するくらい高価だが、自動化されたラインでガチャポン式に出来上がる商品とはワケが違う1個1個手作りのヘルメットなんだからむしろ当然だ。あんなに高いのに利益率はかなり悪いハズで、おまけにどうあっても数が売れっこない。こんな「商品」は、商売上の損得勘定だけで見ればどこだってなるべく出したくないだろう。「こんな鬱陶しい商品はヤメじゃ!」と切ってしまわないのはOGKの良心ですらあると思う。
とまれ、一線級で使われた最後の“尾っぽ”が長いエアロヘルメットであったFP2がガラッと違う形にフルモデルチェンジして廃盤となったあたり、自転車の空力研究は日々着実に進んでいるのを実感した。案外、つまらない意地(笑)であるとか費用対効果、商売上の観点を抜きにしたら、少なからぬメーカーが既に「こんなのが一番」を掴んでいるのかも知れない。
*ドイッチェテレコム、T・モバイルのチーム運営母体会社がHighRoadで、スポンサーは変わってもこの根っこの部分は変わっていない。
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コメント
エアロヘルメットの後ろの部分を水タンクにしたら反則なんでしょうかね。
投稿: くさの | 2009年5月28日 (木) 04:12
くさのさん、反則かどうか以前に使い物にならないと思います。
何故か分かりたければ、今すぐヘルメットの後ろに500gの錘を貼り付けて走ってみて下さい。
投稿: LIVESTRONG 9//26 | 2009年5月28日 (木) 13:05