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2009年9月12日 (土)

ヒルクライマーによる、ヒルクライマーの小説

「ヒルクライム好きの小説家が書いた、ヒルクライムを題材にした小説」

小説家 高千穂遙を昔から知っている人にとっては、高千穂遙は「SF小説家」だ。
だから“高千穂遙歴”にブランクがある人が「高千穂遙が自転車の小説を書いた」と聞いたら「ええぇ?」と思うかも知れない。

が、これは自転車ブームの尻馬に乗ったものではない。

なんせ高千穂遙本人は今や自転車に首までドップリ浸かった筋金入り自転車好きだからだ。

書かれている内容は、およそ「綿密な取材に基づいた」ようなモノではなく、ズバリ「作者 高千穂遙自身の日常と、その延長線上にあるもの」である。

自転車にハマることで、体重84kgで高脂血症や高血圧など典型的メタボ症候群に悩まされていたものが、何らの食事制限なしに体重60kgに減り、メタボ症候群は全て解消。これはもう別人へ変身したくらいの変わり様だ。それだけ尋常じゃないペースで走っていることも意味する。実際、ヒルクライムレース好きだし、小説家であると知らずに見たら「けっこう走り込んでいそうな体をしたおじさん」である。

そんなふうに「太っているSF小説家」から「文筆業にあるまじき引き締まった身体を持つ自転車好き小説家」に変貌してしまった高千穂遙が書いた自転車小説だ。

ヒルクライムレースをネタにした群像劇

一言で評するとこうなると思う。登場人物が多い割にキャラが立っており、このへんは長いこと小説でメシ喰ってきた有名どころだけの事はある。やや説明的に過ぎるきらいはあるが、これはロードレーサーであるとか自転車ロードレースであるとかがサッパリ分からない人が読んでも投げ出させないようにするための配慮だろう。主人公松尾礼二は、骨肉腫で急逝した友人のロードを譲り受けたばかりの19歳だ。マラソンをやりたくて陸上部のスポーツ推薦で大学に入ったのに駅伝をやれと監督に指示されたのが気に喰わず、大学ごと陸上部をやめたプー太郎である。自分が必死こいて走ったのにチームメイトが足を引っ張ったせいで順位が落ちるのは許せなくて駅伝が大嫌いな、相当エゴイストなスポーツマン。色んな意味で個人競技向き性格だ(礼二がこんな性格をしている「理由」も作中で出てくるなど、とにかく説明に抜かりがないのが本作品の特徴である)。開始時、自転車の事はほとんど知らない。

長距離走のスポーツ推薦で大学に入れるあたりにキャラ設定の抜かりなさ感じる人は多いだろう。ワタシが考えるとしても、陸上の長距離か水泳にする。自転車は扱えないかも知れないが常人離れした非常に高いVO2maxを持っているワケだ。パワートレーニングとか少し勉強すると知ることになるのだが、LT値等と呼ばれるこの領域の運動能力は、全く鍛えていない人が運動を始め伸び始めた時期を除き「短期間で急激に伸ばす方法はない要素」として知られる。だから、主人公を単なる天才にしてしまうのではなく「性格的な原因でドロップアウトしたばかりのスポーツエリート」にしたのは、物語を単なるファンタジーにしてしまわないうまい設定だと思う。

エゴイストであるがゆえ折角の身体能力を持ちながら使う場所を失ってプー太郎と化し、骨肉腫で逝った親友の遺品として自転車を譲って貰ったものの「自転車などチョロい。スポーツではない」と思っていた主人公が、ロードのもと持ち主たる太一に期待し目をかけていた人達に出会うところから話はスタートし、チームの練習会で主力メンバーなどもちろんとして最年長のオヤジ(69歳)やヒョロそうなお姉ちゃんにさえ全くついて行けずボッコボコに叩きのめされることから全てが回り始める。40km/h程度で集団走行している間は何とかついて行けた(それでも既にいっぱいいっぱいだが)ものが、フリーランになった途端みんな消えてしまうわけだ。この時の礼二はちょっと速くペダルを回そうとすると尻が上下に跳ねてしまうようなどうしようもない初心者で、あるはずの能力をちっともうまく自転車に伝えることが出来ず論外の結果に終わってしまう。

礼二が軸だが、それ以外のキャラクターもヘンテコで面白い。泣かせるヤツも出てくる。
うち一人くらいは感情移入できるんじゃないだろうか。

礼二がヤビツ峠で高ケイデンスの走りに開眼するシーンは、Lance ArmstrongがL'Alpe d'Huezを高ケイデンスで制したエピソードから引っ張っているのかなあ?とか色々想像してみても面白いだろう。ヤビツ峠に絡んでは各人のタイムも含め描写が克明で、いかにも自分自身で走っている人物が書いているのが分かる。(なお2009年9月現在ワタシはヤビツ峠に残念ながら一度も行ったことがない

「お約束」なラストで終わるが、これはこれでいいと思う。ヘンに通ぶったラストはかえって寒いことが多いものだ。

ところで、ワタシは

「200万級のロードを7台所有しBMWとPORSCHEとFerrariを乗り回している社長」が金に飽かせてヒルクライムバカのキャバクラ嬢を口説くなら、誕生日プレゼントはBORA ULTRAじゃなくてLightweight Ventouxだろうが!VentouxじゃなくてもせめてHYPERONやろ!

と内心10回は突っ込んだのだが、皆さんはどうだろうか。

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コメント

>最年長のオヤジ(69歳)やヒョロそうなお姉ちゃんにさえ全くついて行けずボッコボコに叩きのめされることから全てが回り始める。

これはないと思いますけどね。私、高校時代は陸上部で(大した選手ではなかった)、夏休みに2週間ほどサイクリングにでかけたことがあります。その途中でどこかの高校の自転車部と一緒に走ることになり、相手はレーサー、こっちはランドナーだったのですが、私の方が早いくらいでした。もう35年も前の話で、現在なら自転車人口も増えているので全体のレベルも上がっているとは思いますが、陸上の特待生で大学に入れるような人間が、69歳やお姉ちゃんに負けることはないでしょう。多分、チームのエースにも勝てると思います。(もっとも、小説の設定が、陸上止めて1年以上とかなら話は別ですが。でもその場合は、ショックも受けないと思いますけどね、練習不足が原因なのは明らかですから)

実際、陸上長距離からの転向が増えれば日本のロードも底上げできると思いますけどね。


投稿: 元 | 2009年9月12日 (土) 02:59

元さんまいどです。

あるかないかは、読んでからお願いします(笑)

投稿: LIVESTRONG 9//26 | 2009年9月12日 (土) 12:41

初めまして。
いつも楽しく拝読させていただいております。

読みました。
文体には好き嫌いがあるだろうと思いましたが,「あざみ」のレース会場でお見かけした高千穂さんの尋常でない締まりっぷりからして,次回以降,あざみを舞台とした続編があるのだろうなあ,と。

69歳やお姉ちゃん云々のエピソードについては,私の知人にまさにそのままの実例がありますので,リアルに共感します。

投稿: 佐吉 | 2009年9月12日 (土) 20:41

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先日、『ヒルクライマー』という自転車小説を読みました。自転車乗りにはたまらない内容の小説でした。自転車で峠に登ることの面白さに取り憑かれた坂バカ達のことを描いた内容の小説ですが、作者自身がかなりの自転車乗りなのでとてもリアルに描かれていました。日頃聞き慣れている多摩サイ、尾根幹、和田峠などが出てくるので、親近感も感じました。ヒルクライムレースの駆け引きのことなども出てくるのでとても参考にもなりました。... [続きを読む]

受信: 2010年2月 1日 (月) 18:40

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