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2009年11月 9日 (月)

「いつか」は来ない

大恩人の奥様の告別式に参列。
まこと呆気なくお亡くなりになった。

この2年ほどで、「恩人」や「友人」と呼んで少しも気恥ずかしくない人を何人も見送った。中には「殺しても死なん」と形容してピッタリくる人もいた。だが、そんな傑物も、トライクで奥さんを連れ全国を旅行する目標を果たさずこの世を去った。

年をとり長らえることとは、大事な人を見送る機会を重ねることだとまたも実感。

ワタシの叔父も末期癌だ。しかも、これを書いた2日後にはもう亡くなっていても不思議はないくらいの「覚悟しておいて下さい」状態。今日もこれから見舞いに行く。

アテもなにもない漠然とした目標を口にする人は多い。

が、そんなユルい事を考えているうちに人生は終わる。今日見送った故人も「いずれ」「暇が出来たら」温泉旅行に行かれる筈だった。

その日は来なかった。

誰しも、自分があと2ヶ月後には手の施しようがない状態で死ぬなどと思って生きてはいない。

「漠然とした目標≒積み残す未完の目標」

だ。

「いつかやる」「いずれやる」機会など来ない。

いますぐ取りかからなければ。

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コメント

"明日死ぬ可能性もゼロではない"という私の考え方を半笑いで貶す奴が居ます。
こちとら必死で、目標に向かって、着実に歩を進めているのを実感しながら生きているのに。
ちょっと、勇気を頂きました。
この記事に関わっている全ての方々へ、ありがとうございます。

投稿: POLA-MIN | 2009年11月 9日 (月) 22:11

はじめまして。いつも大変興味深い内容で、参考にさせて頂いています。
先日父の法事がありまして、その日のお寺さんの法話にこんなお言葉がありました。

「今日、私が無駄に過ごした一日は、昨日亡くなった方が『生きたい!』と痛切に願った一日でもある。」

故人のご冥福をお祈りいたします。

投稿: eda | 2009年11月10日 (火) 07:14

僕も先日祖父を亡くしました。
僕もPOLA-MINさんの『明日死ぬ可能性もゼロでは無い。』という考えに同感です。
いくら気を付けていても、死とは突然訪れたりします。
今を精一杯生きなければ。

投稿: Lightweighter | 2009年11月10日 (火) 22:06

今年、自転車で転んで歯を折りました(脇見で地面のくぼみにタイヤを取られ前転)。
そりゃまあ、痛かったですけど、
ああ、こうやって突然訳分からず死んだりもするんだな、と
身をもって実感し、悪くない経験だったと思っています。
実際、その時に車が通らなかったのは、偶然だったのだし。

その後、具体的には何が変わったわけではないですけど、忘れないようにしようと思ってます。
割れたメガネを見えるところにおいてあります。

考えたって自覚したって、ある晴れた日に理由も分からないまま死んだりするのでしょうけど。そういう仕様になってることを覚えていたいと思います。
逆に、長生きする可能性もゼロでない、というのも若干薄ら寒い感じがありますが。

投稿: う。 | 2009年11月11日 (水) 00:40

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