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2010年10月25日 (月)

2010シーズン終了。「達成=地獄開始」

10月24日開催のスズカ8時間エンデューロをもって、ワタシの2010シーズンは終了。
さて、これでゆっくりメシが食えるわけだ。

2009年のを見直してみると、やたら脚が攣って困っている。
2010年は、手で数えられるほどしか脚が攣らなかった。

…トレーニングを減らしたのではない(笑)

トレーニング量は2倍くらいに増えたのに、だ。
原因を調べ、防止策を調べ、起きたときの対策も調べ、それらを実戦投入して結果をみる地道な勉強が功を奏した。

確実に積み重なっている。

2009シーズンは無駄ではなかった。2009シーズンに得た貴い教訓、反省、増進した能力の上に2010シーズンが成り立ち、目に見える成果を挙げた。

そのなかでまた積み残しが幾つも見つかり、新たなチャレンジが始まる。

有酸素運動能力*を上げる魔法はない。 
ようは、運動することでどれだけ沢山のエネルギーを使ったか、が決める。

運動で沢山エネルギーを使う能力は、運動することでしか向上させることはできない。
運動することでエネルギーを使う能力を刺激・向上させ、向上した能力を使って更に多量のエネルギーを使う。このサイクルを気の遠くなるくらい繰り返してゆくと、始めた頃には考えられなかったほどの運動能力を有した身体が出来上がる。

ロードレーサーに乗ることを再開した当初のワタシが、LSDで1時間600Kcal以上使えるようになった今の自分を見たら驚くだろう。当時はLSDどころかガチンコ全力で運動して1時間700kcal程度だったのだから。今のワタシはAVP175W程度の運動なら歌いながら続けることも出来る。勿論そんな狂人じみたことはやらないけどね(笑)。この強度なら「人と身振り手振り付きで喋り続けながら、3本ローラーはずっと100rpm以上で漕いだまま」やることも時々ある。そのくらいの体感強度であり、またよそ見したり両手でハンドルを持っていなくても落ちなくなった。RDの作動状況をじっと見ながら漕ぐこともよくある。なお遂に手放しもできるようになったが、芸をするために乗っているワケではないので嬉しがって自慢げに人前で手放しして見せたことはない。

かつてFTP300Wは正直な気持ちとして“雲の上の数字”に思えた。だが、いざ何度か記録してみると雲の上どころか「これじゃ足らない」ことに気付く。調子最高の時に出る300Wではダメ。欲しいとき(=レース)に出すためには日頃はもっと出ていなければ“使えない”のだ。

でも「ここから先」は、きっと地獄なのだ。トレーニングしていなかった人間がトレーニングすると面白いように伸びるのとはワケが違う。既に1ヶ月2000〜3000kmコンスタントに走り、1日あたりの平均で純粋に運動だけで1800kcalほど使うところまできた人間が「それ以上」を望むとき、その進歩の歩は何が起きたんだと悩むほどペースが鈍るはずだ。もしそうでないなら、そこらじゅうにFTP400Wや450Wの人間がゴロゴロいるハズ。だが、現実はそうなってはいない。

目指す先は遙か遠く、立ちはだかる山は高く嶮しい。

だからこそ思う。

きっとこれからが面白いのだと。

やりさえすればソク伸びるうちは、当人が工夫だと思っているようなコトの大半は実は工夫などではなく誤差のようなもので、工夫などなくても量さえやれば結果は出る。伸びないなら足らないのは工夫ではなくヤル気だけ。ようは「本気じゃない」のだ。ここからがいよいよ大変だとなったその先に初めて、工夫のあるなしや智恵のあるなしがホントウに出る。闇雲にやっているうちは呆れるくらい少しずつしか伸びなくなるに違いない。

試されるときが来る。

そして、やっとそこまで来たんだ。

違う面白さが始まる。(「地獄開始」と呼んでも正解)

*厳密には100m走ですられっきとした有酸素運動であり、本当の無酸素運動など「垂直跳び」「重量挙げ」等の5秒間くらいで完結する運動でしかあり得ないらしいが、ここでは敢えて「長時間連続運動」を「有酸素運動」と表記した。

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コメント

>有酸素運動能力*を上げる魔法はない。
>ようは、運動することでどれだけ沢山のエネルギーを使ったか、が決める。

「量」が全てであると解しましたが、これには反対です。

「有酸素運動」は広い意味を持つ言葉ですが、リン酸系と乳酸系以外の有酸素系をメインとする運動とするなら、全ての有酸素運動に対して量を確保するだけで十分であるという考えは間違いです。

AT以下の運動強度の能力なら量が全てと言っても過言ではないかもしれません。しかし、AT以上の強度での有酸素運動能力を伸ばすには、AT以上の強度でのトレーニングが必須であり、結果的に量だけを追求した場合よりもエネルギー使用総量は下がります。

ボードマンなどは非常に優れた有酸素運動能力を持つ中長距スペシャリストでしたが、ツールではリタイアばかりで超長距離に対する耐性は弱かったようで、量を追求するようなトレーニングではなかったように思います。

投稿: トラック競技愛好者 | 2010年10月25日 (月) 17:10

トラック競技愛好者さんへ
いや,「まず」量を乗らなければ話にならない,量で鍛える分は鍛えたから,量以外の工夫で苦しむのはここからだ,ということでは?。
昨今の風潮のように,量乗ってないやつが理屈先行で物言うのはしゃらくさい,と読みました

投稿: kf | 2010年10月25日 (月) 23:26

やっとの思いで導き出した解が更なる難問への入り口だった。
真ん中だと思って走っているつもりが引いて見ると端っこだった。
よくある話ですね…

リンク先の"味わって食べる"の中に書いてある"練習するための練習"、
これが今後もずーっと続くのではないかと私は踏んでいます。

投稿: POLA-MIN | 2010年10月26日 (火) 14:56

人は衰える
量か質かを議論するのは論外で、まず走れ
でしょうか

投稿: uphill-only-2 | 2010年10月26日 (火) 23:07

>kfさん
はじめまして。

量を乗っていない者にはトレーニング理論を語る資格がないということでしょうか。

私はどのような目的に対してどのようなトレーニングが効果的かについて語っているだけです。
全ての運動能力に対して万能なトレーニングなど存在せず、量トレも例外なく万能ではないと考えます。
ボードマンが量だけを追求していたら、あの輝かしい記録はあり得なかったと思っています。

投稿: トラック競技愛好者 | 2010年10月27日 (水) 20:33

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